ノルウェー南西沿岸部のフィヨルドに囲まれた美しい港町ベルゲン。音楽史的には、ピアノ協奏曲や組曲《ペール・ギュント》で有名なエドヴァルド・グリーグ(1843-1907)の生地として知られる。この古都で毎年5月に開催される「ベルゲン国際芸術祭」は1953年の設立。ノルウェーでは最も長い歴史を持ち、15日間の期間中、音楽と演劇を中心としたバラエティ豊かなイベントが開催される。

今回のアルバムは、エフゲニー・ムラヴィンスキー(1903–1988)がレニングラード・フィルハーモニー交響楽団(現在のサンクトペテルブルク・フィルハーモニー交響楽団)を率いて、ベルゲンに客演した折の1961年のライブである。「文化大使」としての役割を担っていたわけだが、「国威発揚」、「外貨獲得」など様々な事情もあったのだろう。この時期、このコンビは1956年のドイツ・スイス・オーストリア遠征を皮切りに、“鉄のカーテン”の向こうから盛んに欧米に客演していた。

1938年に常任指揮者に就任して以来、ムラヴィンスキーは手兵レニングラード・フィルを「鉄壁のアンサンブル」と呼ばれるまでに鍛え上げた。実際、その徹底した演奏ぶりは当時の西側の人々に、驚嘆と衝撃を持って迎えられた。彼らが1960年にロンドンおよびウィーンに客演した折には、チャイコフスキーの後期交響曲集をセッション録音(ドイツ・グラモフォン)。この3枚組のアルバムも、一聴して彼らの演奏とわかるほど鮮烈な演奏であり、歴史的名盤として今も多くのファンに聞き継がれている。

チャイコフスキー同様、ソ連の誇る作曲家ショスタコーヴィチも、このコンビの「十八番」。最も演奏回数が多いのが、このコンビが初演を手掛けた交響曲第5番《革命》で、1973年の来日時の録音を含め、十数種の録音が残る。そのうち最も新しいアルバムがこれで、日本の復刻レーベル「Altus」からリリースされた。モノラルでの収録ながら、その時代だけが持つ独特の緊張感と、指揮者特有の一切の無駄を排した厳しい表現は、後年の条件の良いライヴ録音より強く感じられる。

僕自身は、中学校時代に吹奏楽コンクールで自由曲としてこの交響曲の最終楽章を演奏した経験があり、音楽の構成や響きはおおかた頭に入っている。にもかかわらず、以前、ムラヴィンスキーが演奏した1954年4月3日、レニングラードでのスタジオ録音を聴いて、全体を貫く重い表現に「こんな曲だったのか」と、あらためて驚嘆したことがある。

今回のライヴも、それに勝るとも劣らない衝撃的な内容だ。第4楽章は冒頭からかなりの速度だが、始まってすぐにまたテンポが速まっていく。これは先のスタジオ録音では見られなかったが、この後、ムラヴィンスキーの特徴になった。やがて中間部で柔和な主題が出るまで、このハイテンションが持続するのだからすごい。終結部の迫力も他の演奏者とはけた違いで、曲尾のティンパニとバスドラムが叩く凄まじい音塊には、文字通り震えが出るほどだ。

同日に収録された前プロ?の《英雄》も、初出ではないらしいが、かなりの聴きもの。弦楽器の引き弓は、よく弦が切れないなというくらいの勢いで弾いている。ムラヴィンスキーのベートーヴェンと言えば、何と言っても第4番が有名で、実際、演奏回数も最も多い。ただ、今回の《英雄》を聴くと、彼らのベートーヴェンも非常に個性的だ。他の交響曲についても1950~60年代のものあたりは、もっと聴いてみたい気がする。


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……… アルバム情報

 Disc1
 ● ベートーヴェン:交響曲第3番《英雄》

  Disc2
 ● ショスタコーヴィチ:交響曲第5番《革命》


 レニングラード・フィルハーモニー交響楽団
 エフゲニー・ムラヴィンスキー(指揮)

 録音時期:1961年6月2日
 録音場所:ベルゲン音楽祭
 録音方式:モノラル(ライヴ)


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