僕がクラシック音楽を本格的に聴くようになった頃は、ちょうど指揮者のニコラウス・アーノンクール(1929-2016)がそれまでのバロック音楽中心の活動から、モーツァルトなどウィーン古典派の方に活動の幅を広げてきた時期にあたる。僕が初めて購入した『レコード芸術』誌(音楽之友社・刊)は1981年の11月号なのだが、その裏表紙には彼がコンセルトヘボウ管弦楽団を振ったモーツァルトの交響曲第35番《ハフナー》と第34番を収めたLPの広告が掲載されていた。

そのジャケット写真は、ザルツブルク旧市街のモーツァルト広場に立つモーツァルト像なのだが、通常なら青空をバックにとるのが一般的だろう。にもかかわらず雪が降りしきっている冬の情景が選ばれている。なかなか迫力のあるジャケットで、今見てもアーノンクールの厳しい音楽が鳴り響いてきそうな感じがする。そして、この盤が実はアーノンクールにとって、初めてのモーツァルト交響曲の録音でもあった。

今回取り上げるテーマディスクは、そのアーノンクールが1980年にザルツブルクの「モーツァルト週間」に初登場した時の(オーケストラはコンセルトヘボウ管)貴重な記録だ=belvedereレーベル。このコンサートでは4曲を演奏しているが、その中に2つの交響曲が含まれている(他の2曲は、《魔笛》序曲と、オーボエ協奏曲)。

モーツァルト(1756-1791)の誕生日は、1月27日。1956年以来毎年、この日を挟んで「モーツァルト週間」と題された音楽祭が、生誕地であるザルツブルクで開催されてきた。国際モーツァルテウム財団が主催するもので、現在では現代音楽なども積極的に取り上げられているようだが、主要な演目がモーツァルトとその関連の作曲家が中心であることは疑いない。

アーノンクールはその本丸中の本丸に、自身が古楽演奏で培ったHIPスタイルで颯爽と乗り込んできた。その衝撃は決して小さくなかっただろう。ましてやその相棒が、伝統ある名門オーケストラだったわけだから。後になってウィーン・フィル、そして、ベルリン・フィルも彼を指揮台に招くことになるのだが、コンセルトヘボウ管の方がずっと先を行っていたことになる。

話をレコードの方に戻せば、その頃『レコード芸術』誌の交響曲の月評担当には、大御所・大木正興さんがまだご健在であった。歯に衣着せぬ威勢のいい批評で人気を博していた人だが、このアーノンクールのモーツァルト盤についても「バロック器楽の遊戯性に衣替えさせられたモーツァルトである。主張としては面白く目新しい。しかし肝心の様式は直前期への逆行だから、どうしても意図的な姿勢が音楽を支配して作られたものの感を払えない」と極めて手厳しい。

この文章の冒頭は、「バロック期を主要な仕事にしていた音楽家がつぎつぎと古典を録音する」と始まり、ミュンヒンガーやマリナー、パイヤールといった名前を挙げたあとに「いまアーノンクールだ」と書かれている。大木氏の思いはどうであれ、正直、これらの演奏家とアーノンクールを一括りにできないことは、その後の彼の華々しい活躍と後進に与えた影響とが証明していると言える。

が、当時の印象としてはやむを得ないことだったか。なにしろこの号の交響曲部門の「特選盤」は、前世紀後半のモーツァルト演奏の権威として知られていたカール・ベーム(1894 – 1981)の追悼盤で、ここで彼はモーツァルトの交響曲第29番と《ハフナー》を指揮している(ウィーン・フィル)。実際に、ベームは同じ1980年の「モーツァルト週間」でもアーノンクール演奏の3日後にモーツァルトの最後の3つの交響曲を指揮したと、今回の盤のライナーノーツにもある。まだまだそういう時代だったのである。

さて、レコードで聞くことのできるセッション演奏も強弱の幅を極端に大きくとったメリハリの強い演奏だが、今回の盤はライヴだけにより多彩な表情を見せている。ティンパニーと金管の強奏は相変わらずだが、テンポは《ハフナー》のメヌエット楽章以外ははっきり遅めとなっていて、緩徐楽章などではずっと柔和な表現が認められる。これは第34番の交響曲も同じ傾向にある。

また、オーボエ協奏曲の方も、極めて晴朗で清々しい。この曲でソリストを務めているヴェルナー・ヘルベルスは、コンセルトヘボウ管の首席奏者。「エボニー・バンド」というアンサンブルを主宰し、ナチスによって「退廃音楽」の汚名を着せられた作品を発掘して演奏してきたことで知られるが、一方でバロック音楽等の古楽演奏にも取り組んでいたという。

一般にコンセルトヘボウ管とアーノンクールとの密接な協力関係は、1975年に指揮したバッハの2つの《受難曲》に始まるとされる。とはいえ、実際の現場ではアーノンクールという強烈な個性を受け入れていく際に、誇り高き名門オーケストラのメンバーの中ではやはり様々な葛藤があっただろう。

その意味で、今回の協奏曲演奏での見事な協調ぶりを聞くと、1980年代以降のこのコンビの大きな実りの背景には、アーノンクールとオーケストラとの間を繋ぐヘルベルスの存在も大きかったのではないかということが想像されるのである。なおこのCDは、2023年6月に他界した彼に捧げられている。


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……… アルバム情報

 Disc1
 モーツァルト週間(1980年)
 ● 歌劇『魔笛』 K.620~序曲
 ● 交響曲第34番ハ長調 K.338
 ● オーボエ協奏曲ハ長調 K.314
 ● 交響曲第35番ニ長調 K.385『ハフナー』

 ヴェルナー・ヘルベルス(オーボエ)
 ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団
 ニコラウス・アーノンクール(指揮)

 録音時期:1980年1月29日
 録音場所:祝祭大劇場, ザルツブルク
 録音方式:ステレオ(ライヴ)

 Disc2-3
 「モーツァルト・イヤー」オーケストラ・ワークショップ(2006年)
 ● モーツァルト:交響曲第25番ト短調 K.183の公開リハーサル(ドイツ語)

 カメラータ・ザルツブルク
 ニコラウス・アーノンクール(指揮)

 録音時期:2006年6月10日
 録音場所:モーツァルテウム大ホール, ザルツブルク
 録音方式:ステレオ(ライヴ)


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