第2次世界大戦の敗戦によって中止されていたバイロイト音楽祭が1951年7月、ついに再開された。指揮台に立ったのはヴィルヘルム・フルトヴェングラー。バイロイト祝祭管弦楽団を指揮、ベートーヴェン交響曲第9番が演奏された。この時の演奏はイギリスHMV(EMI)が収録し、巨匠の死後、1955年になって2枚組のLPレコードとして発売された。これが、いわゆる「バイロイトの第九」である。
この盤は4分の3世紀近くたった今も抜群の人気を誇る。巨匠の人気が高い我が国では特にそうで、その後もCD、SACD、ハイレゾとフォーマットを変えて発売されてきた。ところが、その「人類の至宝」とまで言われた録音に、実は別のバージョンがあった。そのことが知れわたったのは2007年のこと。朝日新聞など一般紙でもニュースになったのは記憶に新しい。
ことの発端は、日本のフルトヴェングラー・センターという愛好家団体が音楽祭の放送を行ってきたバイエルン放送協会の録音庫から1本のテープを発掘したこと。この新発見テープ、第3楽章、第4楽章では一部既存の録音と同じ個所を持つが、全体としてはまったく別音源だったこともあり、以後、様々な評者によってその真贋が争われてきた(現在では、「独オルフェオ」レーベルが一般販売している)。
両者の演奏は極めてよく似ている。また、第4楽章のソリストはどちらも共通。初日の演奏があったのは7月29日の夜で、その日のお昼には「ゲネプロ」、いわゆる通し演奏があったことも、関係者の証言が残っている。なので、どちらかが「ゲネプロ」の演奏で、どちらかが本番の演奏であったというのが現在の大方の見方である。だが、それを裏付ける資料的なものは何もなく、真相は闇の中という状態であった。
無論、多少の編集はあったとしても、どちらもフルトヴェングラーとバイロイト祝祭管弦楽団の当時の演奏であることはほぼ間違いない。なので、録音された音楽の価値が変わるわけではない。とは言え、未だにネット上でもいろいろな説が飛び交っていて、そのことがせっかくの音楽鑑賞の差しさわりとなるようでは、ファンとしては心安らかではいられない。
ところが、である。昨日、大ニュースが発表された。この初日の第九演奏は、バイエルン放送、ミュンヘン放送、そしてスウェーデン放送も放送しており、なんとスウェーデン放送に、当日ラジオ中継された折のテープ録音が残っていたというのである。発売元はスウェーデンの「BIS」レーベル。そのインフォメーションにはこうある。
……まさに1951年7月29日、スウェーデン放送によって中継放送された番組、冒頭の3か国語(ドイツ語、英語、スウェーデン語)によるアナウンスから巨匠の入場、渾身の指揮、やや長めのインターバルをはさみ、最後の2分半以上に及ぶ大歓声と嵐のような拍手(と番組終了のアナウンス)までの85分間、一切のカットなしに当夜のすべての音をSACDハイブリッド盤に収録しました……
この音源を聞けば、本番での演奏の全容が明らかになりそう。なので、少なくともEMI盤、オルフェオ盤の出自がついに明らかになると期待されている。発売は12月20日の予定。この「音楽祭の記憶」コーナーとしても、世界で最も著名な音楽祭音源の一つとして大いに注目したい。
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……… アルバム情報
ベートーヴェン:交響曲第9番《合唱》
● ベートーヴェン:交響曲第9番《合唱》
エリーザベト・シュヴァルツコップ(ソプラノ)
エリーザベト・ヘンゲン(アルト)
ハンス・ホップ(テノール)
オットー・エーデルマン(バス)
バイロイト祝祭管弦楽団&合唱団
ヴィルヘルム・フルトヴェングラー(指揮)
録音時期:1951年7月29日
録音場所:ドイツ・バイロイト, 祝祭劇場
録音方式:モノラル(ライヴ)