再び、《月刊音楽祭トリビア・クイズ》の時間です。「単一の楽曲として、レコーディング史上最長の音楽は何でしょうか?」
その曲はと言えば、ポスト・クラシックの旗手マックス・リヒターが作曲した『SLEEP(スリープ)』と言われている。この曲の演奏にかかる時間は、なんと8時間強。曲名の通り、まさに睡眠時間に聞く音楽として作曲されたものだ。
2016年3月、ベルリンの現代音楽祭「メルツ・ムジーク(3月の音楽)」の一環としてワールド・プレミエが行われた時には、会場のテクノクラブに410台のベッドが用意されていた。参加者は深夜零時から翌朝8時までのあいだ、マックス・リヒターとその協力者たちの手になる眠りの為のライヴを聞いた、いや聴きながら眠ったという。
チケットを購入した人には簡易ベッドが割り当てられていて、来場者は各自、毛布や枕などを持ち込んで参加した。会場の一角にはドリンクバーも用意されており、ステージ付近で飲み物を手に曲を聴くのも良し、ベッドで眠っても良し………。いずれにしても従来のコンサートの形式を遥かに超えたところにこのイベントはある。
さすがにこのワールドプレミエの録音はなかったので、今回は「月刊音楽祭」の田中編集長に頼み込んで、特別にその「世界一」と言われる9枚組のCD(+blu-ray Audio)セット『スリープ(SLEEP 8時間ヴァージョン)』というセッション録音の音源を紹介させてもらうことにした。
曲は「Dream」と題された1分強の短いピアノ曲で始まる。これが8セット繰り返され、次の「Cumulonimbus」と題されたセクションに移っていく。次は、再度「Dream」。この「Dream」と、そのあとに出る中世の声楽曲のような「Path」というパートが楽曲の中心。あいだに他のセクションを挟みながら、セット単位でくりかえされるという趣向だ。
いずれも眠りを誘うようなゆったりとした曲だが、編成は声楽(ソプラノ)や弦楽、電子音楽と徐々に変わっていく。作曲者によれば、100ヘルツ以上の高い音を避けて、子宮内の胎児の聴覚環境を反映させているとか。穏やかな休息の波長として1分間に約40回のビートを用いるなど、いろいろ理屈はあるようだ。
しかし、この作品の最も由緒正しい鑑賞法は、ワールド・プレミエ時のように実際に寝ながら聞くこと、いや聞きながら寝ることだろう。で、そうしてみた(笑)。
こういう場合はCDは不便なので、ストリーミングによる配信音源をベッド脇に置いた「Amazon Echo」というスマートスピーカーで流すという方法を選んだ。開始から30分余りで眠りについて、次に気づいたときは、全204トラック中まだ21番目を再生していた。その後も、数回目覚めたが、最終的に無事8時間の快適な「スリープ」体験を堪能することができた。
リヒターの曲は、つい先日も『25%のヴィヴァルディ』と題されたかの有名な《四季》を再作曲した曲が、NHKの「プロフェッショナル 仕事の流儀〜庵野秀明スペシャル〜」において、一番の見どころ場面で使われていた。他にも映画『ふたりの女王 メアリーとエリザベス』などのサウンドトラックも手がけている。グラミー賞にもノミネートされた、いま最も活躍している作曲家の一人だ。今後の動向にも注目していこう。
amazonでCDを買う ▷
音楽祭プロフィールはこちら ▷
……… アルバム情報
● Sleep (+blu-ray Audio)
グレイス・デイヴィッドソン(ソプラノ)
マックス・リヒター(ピアノ、オルガン、シンセサイザー、エレクトロニクス)
アメリカン・コンテンポラリー・ミュージック・アンサンブル
ベン・ラッセル(ヴァイオリン)
ユキ・ヌマタ・レズニック(ヴァイオリン)
ケイレブ・バーハンズ(ヴィオラ)
クラリス・ジェンセン(チェロ)
ブライアン・スノー(チェロ)
録音方式:デジタル
録音時期:2015年3月19日 – 20日 / ニューヨーク / アバター・スタジオ