ヴェネチアで特急列車に乗り1時間ちょっとで、シェイクスピアの戯曲《ロミオとジュリエット》の舞台となったヴェローナの街に到着する。ヴェローナは、古代ローマ時代に建てられた円形闘技場「アレーナ」があることでも有名なところ。毎夏、そのアレーナに野外ステージをしつらえ行われる「アレーナ・ディ・ヴェローナ」は、1万6千人もの観客が同時に鑑賞できる世界最大級の野外オペラとして知られている。
観客は明るいうちから、三々五々アレーナに集まって来る。皆、お酒や食べ物を準備してきて、のんびりおしゃべりしながら開演を待つ。石段席用に売り子が貸しクッションを持って回ってきたり、誰かがアリアの一節を歌い出すと観客みんなの大合唱になったりと、ピクニック気分でオペラが楽しめるのはなんとも魅力的だ。
アレーナの長径は約140メートルもあり、舞台作品を鑑賞する場としては桁違いの大きさ。だが、舞台の上で手をポンとたたくと、階段の一番上でもその音が聴こえるという。それゆえ決して大味な大衆イベントというわけではなく、上演水準も決して低くない。人気が高いのも良くわかる。
このディスクは2003年の《カルメン》の記録。名演出家で先年惜しくもなくなったフランコ・ゼッフレッリが演出を務めたことで有名なプロダクションだ。夕闇が少し深まった頃、おなじみの前奏曲が華々しく聞こえてくる。ちょうど一緒に開演を待っていたかのように、大きな満月がコロセウムの外壁から顔を覗かせる。舞台上の時間もちょうど夕刻であり、まさに現実の時間と溶け合って、雰囲気は十分だ。
前奏曲が終わると、巨大なステージ上には、セビリャの街とその向こうの山並みがそっくり出現する。市場の人々、修道院の一団、ジプシー姿のダンサーたち、ロバ数匹……。数百人の出演者たちが思い思いの演技をしている。ちょうど町がひとつそのまま引っ越してきたかのようで圧倒させられる。主人公の伍長ドン・ホセの許嫁であるミカエラは、何と!本物の乗り合い馬車に乗って登場する(当然、本物の馬が引いている)。
第1幕のストーリーは、まさにこの大勢の人々の面前で行われる群集劇であり、そうした場合の演出は、ゼッフィレッリが最も得意とする。他の演出家の舞台では、合唱団員やエキストラが棒立ちで立っているような場合もまま見かけるが、ここでは端役の一人ひとりにまで細かい動きが設定されており、いくら見ても見飽きることがない。ついでに書けば、このオペラの第4幕は闘牛場が舞台になっており、その意味でもこれ以上アレーナにぴったりの演目はないだろう。
もちろん、そうした仕掛けは巨大なアレーナが会場だからこそでもあるが、いつもこううまくいくわけではない。他のプロダクションではその大きさをうまく活かせない場合もあったりするので、やはり演出は、オペラの重要な要素の一つだと痛感する。
指揮のアラン・ロンバールは非常に丁寧。若き日に新生ストラスブール・フィルハーモニー管弦楽団を率いてフランス期待の星となり、数々の舞台を踏んできた手練れだけにツボをしっかり押さえて聴かせる。歌手も、カルメン役のマリーナ・ドマシェンコやミカエラ役のマーヤ・ダシュクを中心に、演技・容姿ともに役柄にぴったりで、違和感なく物語に入ることができる。
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……… アルバム情報
ビゼー:歌劇《カルメン》全曲
カルメン:マリーナ・ドマシェンコ
ドン・ホセ:マルコ・ベルティ
エスカミーリョ:ライモンド・アチェト
ミカエラ:マーヤ・ダシュク
モラレス:ロベルト・アッキュルソ
スニガ(中尉):ダリオ・ベニーニ
ダンカイロ:マルコ・カマストラ
レメンダード:アントニオ・フェルトラッコ
フラスキータ:クリスティーナ・パストレッロ
メルセデス:ミレーナ・ジョシポヴィチ
アレーナ・ディ・ヴェローナバレエ団
ベンジャミン・ブリテン児童合唱団
児童合唱指揮:アントネッラ・ベルトーニ
アレーナ・ディ・ヴェローナ合唱団
合唱指揮:マルコ・ファエッリ
アレーナ・ディ・ヴェローナ管弦楽団
指揮:アラン・ロンバール
演出:フランコ・ゼッフィレッリ
録音方式:デジタル(DVD)
収録場所:2003年7月4日・10日, アレーナ・ディ・ヴェローナ