東欧の音楽祭と言えば、チェコの《プラハの春》音楽祭が、つとに有名だ。しかし、お隣のポーランドでも首都ワルシャワで半世紀以上にわたって開催されている音楽祭がある。《ワルシャワの秋》だ。以前、日本で同名のテレビ・ドラマが制作されていたが、これはポーランドつながりというだけでまったく関係がない。

この《ワルシャワの秋》は現代音楽専門の音楽祭で、1956年にカジミェシュ・セロツキとタデウシュ・バイルトという2人の作曲家の提唱で始まったとされる。実際、ポーランドには、シマノフスキをはじめとして、ルトスワフスキやペンデレツキ、そしてグレツキと、20世紀における著名作曲家には事欠かない。

今回取り上げる音源は、ヤン・クレンツ指揮《ワルシャワの秋》現代音楽祭管弦楽団とのクレジットを持つもので、曲目はショスタコーヴィチ(1906-1975)の交響曲第9番。1959年9月16日の録音とされる。ダウンロード&配信専門サイトで発売されているもので、2021年に「ARCHIPEL」レーベルからリリースされた。

音楽ジャーナリストと思われるカエル氏による『キリル・コンドラシン 演奏会記録』というサイトに、「ワルシャワの秋現代音楽祭 演奏会記録 1956~1981年」という労作がある。これを見ると、1950〜60年代の《ワルシャワの秋》のプログラムには、メシアン、ブーレーズ、シュトックハウゼン、ベリオ、マデルナ、ケージ、ノーノ、クセナキス等、意外にも西側の最新の音楽作品が並んでいる。

演奏家もジャン・マルティノン、エルネスト・アンセルメといった著名指揮者、ジュリアード弦楽四重奏団といった欧米のアーティストたちが登場する一方で、ムスティスラフ・ロストロポーヴィチ、ボロディン弦楽四重奏団などソ連が誇る大物演奏家の名前もある。《プラハの春》もそうだったが、冷戦時代の東欧の音楽祭は、まさに東西の音楽家が一堂に集う貴重な場だったことが解る。

ところが、である。この演奏会記録を見ると、1958年のところにクレンツの名前は二度出てくるが、演奏プラグラムにこのショスタコーヴィチの第9交響曲が見当たらないのだ。また、よくよく音源を聞いてみると、ライブ録音に付きものの会場ノイズはないし、録音自体が非常に鮮明。つまり、どうやらこれはセッション録音なのではないか、という疑問が生じた。こうなると、”音盤探偵”として放っておけない。

さらに調べると、Facebook の「DSCH Shostakovich Journal」というアカウントで、控え室らしき場所のテーブルで打ち合わせをしている3人の男性の写真が投稿されていた。キャプションにこうある。「第9交響曲の録音準備中のショスタコーヴィチと指揮者のヤン・クレンツ、音響プロデューサーのアントニ・カルサス。録音はショスタコーヴィチが第3回《ワルシャワの秋》現代音楽祭のためにポーランドに滞在中に行われた。1959年9月16日」。

これで音源自体の出自が明らかになった。「《ワルシャワの秋》現代音楽祭管弦楽団」とされたオーケストラも、おそらくクレンツが当時、音楽監督を務めていて、この年の音楽祭に出演していた「ポーランド放送交響楽団」と同定することができるだろう。

演奏自体、非常によく考え抜かれた純音楽的なもので、曲調の諧謔性や乱雑性をことさらに強調しないのも、非常に好感がもてる。また、冒頭のアレグロ楽章を落ち着き払ったテンポで始め、第2楽章のモデラートは作曲者のメトロノーム指定通りにあまり遅くしないというテンポ設計は、当時のこの曲の一般的な演奏傾向とは逆である。

この作品自体、第二次世界大戦の勝利を祝うために作曲されながら、意外にも小規模でかつ祝典性にも欠けているということで、当局の批判を浴びたという。ちなみに、ショスタコーヴィチの交響曲の多くは、作曲者の盟友でソ連の代表的名指揮者でもあったエフゲニー・ムラヴィンスキーによって初演された。この曲もその一つなのだが、なぜか彼はこの曲の録音は残していない。

その意味では、本音源の録音に作曲家であるショスタコーヴィチ本人が立ち会っていたというのは、実に大きなアドヴァンテージだろう。今後、この曲に込められた作曲家の意図や演奏解釈を考える上で、無視できないものとなるのではないだろうか。なお、この時の録音は1960年代初頭、東欧圏ではLPとして販売されていた(ポーランド=Muzaレーベル、東ドイツ=Eternaレーベル)。


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……… アルバム情報

ショスタコーヴィチ:交響曲第9番

 ヤン・クレンツ(指揮)
 《ワルシャワの秋》現代音楽祭管弦楽団

  録音時期:1959年9月16日
  録音場所:ワルシャワ


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