チェコ放送は近年、自主レーベルの中に『プラハの春音楽祭ゴールド・エディション』シリーズを起ち上げ、音楽祭の貴重な放送音源を発掘している。その第3弾としてこの夏、クリストフ・エッシェンバッハのピアノ、カルロス・クライバーがプラハ交響楽団を指揮したシューマンのピアノ協奏曲のライブ・アルバムが発売された。

発売されたのは1968年5月25日、プラハのスメタナ・ホールで収録されたもの。以前から音源の存在自体は知られていたのだが、限られたレパートリーしか指揮しなかったクライバーの、それもシューマンは録音自体は初登場。それらが加わって、この夏いちばんの話題盤でもある。

クライバーとプラハ、一見して無関係そうではある。が、実は、カルロスの父で前世期を代表する大指揮者の一人であったエーリッヒ・クライバーが練習・合唱指揮者として音楽活動を始めたのは、この東欧の古都だった。当時のプラハにはまだ父親の業績を知る人も多かったらしく、カルロスの自伝などを読むと、ある意味やりにくさもあったという。

録音当時、カルロスは38歳、エッシェンバッハは28歳。現在は大物指揮者として活躍し、その悪役プロレスラーのような風貌からは想像もつかないけれど、当時は戦後生まれの希少なドイツ系ピアニストとして、老舗「ドイツ・グラモフォン」レーベル期待の星だった。特に、モーツァルトのピアノ・ソナタ全集やシューマンの歌曲伴奏は、つとに評判が高かったはずだ。

これが期待通り、瑞々しい演奏。カルロスの振るオーケストラは、後年の人馬一体になったような切れ味には達していないが、強奏部では極めてストレートに盛り上がる。クライバーはまだレコーディング・デビューこそしていなかったものの、そこそこ名を知られるようになった上り坂の時期に当たる。一方、エッシェンバッハは時に深く音楽に沈潜しながらも、反応豊かに緩急強弱を切り替えていく。特に緩徐楽章後半での、オーケストラとの静かな対話の場面は印象に残る。


実は前半の2つの楽章は、カルロスが私淑し尊敬を隠さなかったヘルベルト・フォン・カラヤンの若き日のコロンビア録音(40歳時の録音)と、ほぼ同じ演奏時間。この時のピアノは夭折したディヌ・リパッティだ。彼は33歳で亡くなるが、録音時は31歳だった。カルロスたちと似たような年齢だったわけだが、二人はこのカラヤン・リパッティ盤を聞き知っていただろうか。

第3楽章はその先輩たちの名演より、演奏の勢いでさらに優っている。カルロスの音楽の追い込み方は半端なく、ピアニストもリズミックかつ躍動的なピアノでそれに応えている。特に展開部冒頭で主題が対位法的に重なってくる場面の切れ味など、まさにカルロスの面目躍如。放送局による録音も、ピアノを中心に当時としては最上の部類だろう。天才たちの青春の記録を、半世紀以上たった今、このような臨場感あふれる録音で聞けることに心から感謝したい。

なお、このアルバムには、ヴォルフガング・サヴァリッシュ指揮によるドヴォルザークの劇的カンタータ《幽霊の花嫁》がカプリングされている。こちらも当時の(1980年録音)チェコを代表する歌手を結集、これはこれで聴きもの。聴き応えたっぷりのアルバムに仕上がっている。

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……… アルバム情報

● プラハの春音楽祭ゴールド・エディション 第3集

・ドヴォルザーク: 劇的カンタータ「幽霊の花嫁」Op. 69
 チェコ・フィルハーモニー管弦楽団
 ヴォルフガング・サヴァリッシュ(指揮)
 ガブリエラ・ベニャチコヴァー(ソプラノ)
 リハルト・ノヴァーク(バス)
 ズデニェク・ヤンコフスキー(テノール)
 プラハ・フィルハーモニー合唱団
  [録音]
 1980年5月23日
 プラハ、スメタナ・ホール
 (ステレオ・ライブ)

・シューマン:ピアノ協奏曲イ短調 Op.54
 プラハ交響楽団
 カルロス・クライバー(指揮)
 クリストフ・エッシェンバッハ(ピアノ)
  [録音]
 1968年5月25日
 プラハ、スメタナ・ホール
 (ステレオ・ライブ)


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