ジャクリーヌ・デュ・プレ(1945-1987)は英国の女流チェロ奏者。16歳でロンドンにてデビュー。母国の作曲家エルガーのチェロ協奏曲などを情熱的に演奏し、若くして名声を得た。その彼女が1968年8月4日、ザルツブルク音楽祭でズービン・メータ(1936-)指揮のベルリン・フィルハーモニー管弦楽団と共演したドヴォルザークのチェロ協奏曲の貴重なライブ録音が昨年末に発掘された(meloレーベル)。
当時、まだ23歳。一方、メータもインド・ポンペイ出身でウィーンで学び、異例の若さでロサンジェルス・フィルの音楽監督に抜擢され、3年前に29歳でザルツブルク音楽祭デビューを果たしたばかり。Deccaと専属契約し、ストラヴィンスキーやリヒャルト・シュトラウス、ホルストなどの大曲を次々に録音。新進気鋭の指揮者として飛ぶ鳥を落とすような勢いだった。
その強力なサポートを得たこともあってか、彼女のザルツブルク音楽祭デビューは、まったく物怖じしない堂々としたものとなった。テクニック的に万全というだけでなく、そのソロは迫力に満ちていて、迷いやためらいは一切見られない。天才少女として名を馳せ、まさにキャリアの絶頂期に登り詰めようという時代の煌めきが、そこかしこに感じられる。
その一方で第1楽章の中間部や、第2楽章のアダージョ・マ・ノン・トロッポでは、じっくりとテンポを落とし、十分に歌い切っている。第3楽章の終盤、アンダンテのコーダにおけるチェロの、まるで泣いているような音色は特に印象的だ。カラヤン時代の最盛期を目前に控えたベルリン・フィルも流石に上手く、独奏チェロを支える木管群も、フルートを中心に美しい絡みを随所に見せている。
しかし、多発性硬化症という難病を発症し、事実上の引退に追い込まれるという悲劇が20代後半のデュ・プレを襲うことになる。このディスクには、他に1969年収録のシューマンのチェロ協奏曲、そして、1965年収録の同じシューマンの幻想曲集、バッハ、ベートーヴェン、ブリテンのチェロ・ソナタが、それぞれライブで収められている。これらも彼女の短いキャリアの中で、その隙間を埋める貴重な記録・レパートリーであろう。
特にブリテンのソナタは4年前の夏、1961年7月にオールドバラ音楽祭で初演されたばかりで、そのことはこの「音楽祭の記憶」で既に紹介した。初演者はソビエト出身の名チェリスト、ムスティスラフ・ロストロポーヴィチ。デュ・プレはこの時期、彼に師事していた。この曲についても、彼から直接指導を受けたのではないかと想像される。それだけに、実に価値ある記録だろう。
デュ・プレがについて言えば昨年末、1967年1月7日にモスクワ音楽院で行われたジョン・バルビローリ指揮のBBC交響楽団の演奏会のライヴ録音も復刻された(Melodiya X Obsessionレーベル)。ここで彼女は、自らが最も得意としていたエルガーのチェロ協奏曲を弾いている。こうして時代を超えてデュ・プレの演奏を聴き継いでいくことこそが、溢れんばかりの才能を持ちながら決して幸福に満ちたとは言えなかった彼女への、最良の追悼になるのではなかろうか。
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……… アルバム情報
● ドヴォルザーク:チェロ協奏曲ロ短調 Op.104
ズービン・メータ指揮、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
1968年8月4日:オーストリア、ザルツブルク(ライヴ録音)
● シューマン:チェロ協奏曲イ短調 Op.129
マルティン・トゥルノフスキー指揮、NDR交響楽団
1969年1月24日:西ドイツ、ハノーファー(ライヴ録音)
● J.S.バッハ:チェロとピアノのためのソナタ第3番ト短調 BWV.1029
● ベートーヴェン:チェロ・ソナタ第5番ニ長調 Op.102-2
● シューマン:幻想曲集 Op.73
● ブリテン:チェロ・ソナタ ハ長調 Op.65
スティーヴン・ビショップ(スティーヴン・コワセヴィチ)(ピアノ)
1965年6月11日:西ドイツ、エトリンゲン(ライヴ録音)
ジャクリーヌ・デュ・プレ(チェロ)