「ルール・ピアノ・フェスティバル」は、ドイツの工業地帯として有名なルール地方一帯で開催されるピアノを中心としたフェスティバル。この地方の大小の都市で毎年80ほどのコンサートが催される、ドイツでも最大級の音楽祭の一つだ。1988年の初開催以来、ポリーニ、バレンボイム、アムランといった超大物から注目の若手まで、世界中のピアニストが招かれていて、現在でも大勢のファンを持っている。

このフェスティバルは毎年、「Orange Mountain Music」というレーベルから「ルール・ピアノ・フェスティヴァル・エディション」というCDをリリースしていて、既に40枚ほどのコレクションが出来上がっている。今回はその中から、2008年の音楽祭でピアニストの滑川真希が夫君の指揮者デニス・ラッセル・デイヴィスと共演している一枚を選んでみた。

アルバムのタイトルは『American Piano Music』。アメリカの現代音楽の大家フィリップ・グラス(1937- )の2台およびソロのためのピアノ作品を集めた一枚だ。グラスも、マイケル・ナイマン同様、意外に多くの映画音楽を手掛けていて、このアルバムにも映画『Hours=めぐりあう時間たち』のために書いた音楽が収録されている。

その中の「Morning Passeage」という曲で滑川のソロを聴くことができる。「Morning Passeage」は、グラスが書いたサウンド・トラックのスコア(ピアノとストリングス)を、グラス・アンサンブルの指揮者としても有名なマイケル・リーズマンがピアノ・ソロ用に編曲した組曲中の1曲だ。

この曲、5分ほどの小曲ながら、抒情性あふれるセンチメンタルな旋律が魅力で、複数のピアニストが自身のリサイタル・アルバムに取り入れている。言わば秘かな人気曲だったわけだが、2020-21年のシーズンで女子フィギュア・スケートにおける世界選手権覇者であるロシアのアンナ・シェルバコワが、フリーの滑走曲として使ったことで再注目された。

滑川は国立音楽大学大学院を首席で修了。その後、ドイツ国立カールスルーエ音楽大学ソリストコースで研鑽を積み、主に欧州を舞台に活躍している。グラスとは15年以上の共同者で、グラスは2019年、彼女のために『ピアノ・ソナタ第1番』を作曲している。このソナタはその年のルール・ピアノ・フェスティヴァルで初演され、そのライブ・アルバムが昨年末にリリースされている。

それだけに彼女の「Morning Passeage」の演奏は、的確な曲解釈が光る。抑え気味に静かに始まりながらも、曲が進むにつれ感情の起伏を潮の満ち引きのような息の長いクレッシェンド&ディミヌエンドで表現した極めて密度が濃いものになっている。調性もあるし、耳に馴染みやすい抒情性も含め、現代音楽のイメージを覆してくれること請け合いだ。

他の収録曲は、「2台ピアノのための4つの楽章」と「エチュード」。後者は、今では10曲づつ2巻にまとめられているが、もともとラッセル・デイヴィスや演出家のアヒム・フライアーのために書かれた6曲の小品が元になっている。指揮者としてだけでなくピアニストとしても活躍しているラッセル・デイヴィスの「エチュード」は力強さに満ちていて、まさに本家の確信に満ちた演奏である。

一方、滑川とデュオを組んだ「2台ピアノのための4つの楽章」は、この時の演奏が世界初演。同じ音型が繰り返され緊張感を高めていくあたりはいつものグラスだが、良い意味での外向性もあって演奏効果は高い。ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の定期演奏会に登場したカティア・ラベック、マリエル・ラベックの姉妹デュオがアンコールでその第4楽章を弾いている映像(2018)があるが、それに比べてもずっと構築的かつ規範的な弾き振りだ。


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……… アルバム情報

Philip Glass : American Piano Music

01:Movement I – Four Movements for Two Pianos
02:Movement II – Four Movements for Two Pianos
03:Movement III – Four Movements for Two Pianos
04:Movement IV – Four Movements for Two Pianos
05:Etude No. 1
06:Etude No. 2
07:Etude No. 3
08:Etude No. 4
09:Etude No. 5
10:Etude No. 6
11:Morning Passages from The Hours
12:Escape! from The Hours
13:The Poet Acts from The Hours

滑川真希(ピアノ) 01-04, 11-13
デニス・ラッセル・デイヴィス(ピアノ) 01-10

録音方式:デジタル
収録場所:2008年7月7日, エッセン・フィルハーモニー

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