ドイツでは、「観光街道」と呼ばれる観光コースが150ルート以上設定されているという。その中で、我々日本人でもよく知っているものに「ロマンティック街道=Romantische Strase」がある。バイエルン州北部の中核都市ヴュルツブルクから国境沿いの南の終点フュッセンまで、約400kmにもわたって州を貫く長いルートで、外国人観光客にも大変人気がある。

そのヴュルツブルクでは、毎年5月後半から6月後半にかけて「ヴュルツブルク・モーツァルト音楽祭」が開催されている。コンサートの主会場は、世界遺産にも登録されているレジデンツ(司教館)。この1720ー1744年に建てられた美しいバロック様式の宮殿で開催されることも、この音楽祭の魅力の一つとなっている。

音楽祭自体の歴史も古く、創設は1921年。創設100年を迎えた昨年、それを記念して「Orfeo」レーベルから6枚組のCDセットが発売された。交響曲・管弦楽曲で2枚、協奏曲で2枚、声楽曲で1枚、室内楽曲・独奏曲で1枚というように、ジャンルごとにまとめられている。しかも、それぞれのディスクは1950年代から2020年まで年代を違えた音源が組み合わされている。

つまりは、このセットを聞くことで、モーツァルト演奏の歴史が概観できるようになっているというわけ。オイゲン・ヨッフム、ヨーゼフ・カイルベルトといった往年のドイツを代表する指揮者の重厚な演奏が聞ける一方で、近年のものはジギスヴァルト・クイケン、ジョヴァンニ・アントニーニ、ルネ・ヤーコプスらが古楽オーケストラを振った演奏が多くなっていて、ここにも時代の影響が感じられる。

いずれも興味深い演奏なのだが、ここでは音楽祭ならではの演目・組み合わせとして、ロリン・マゼール指揮のバイエルン放送交響楽団のモーツァルト交響曲第41番《ジュピター》を聴こう。マゼールは2014年に惜しくも亡くなったが、新進気鋭の指揮者だった1966年に、ベルリン放送交響楽団(現ベルリン・ドイツ交響楽団)とこの曲を含むモーツァルトの交響曲集をスタジオ録音している。

この録音は知る人ぞ知る隠れた名盤で、ブルーノ・ワルターやカール・ベームといった巨匠風のモーツァルト演奏が主流だった時代にきびきびとしたテンポで、実に瑞々しいモーツァルト演奏を聴かせていた。ただ、モーツァルト録音には他にオペラ《ドン・ジョヴァンニ》やヴァイオリン協奏曲(引き振り!)などがあるくらいなので、一般の音楽ファンには、マゼール=モーツァルトというイメージはあまりないのが普通だろう。

では、今回の《ジュピター》はどうだろう。才人マゼールのこと、どこかまた凝った表現で我々を驚かせるのではないかと思いきや、予想に反して極めて円熟した音楽。冒頭から美しい弦と管楽器の豊麗な響きで彩られている。インペリアル・ルーム(皇帝の間)の音響も抜群で、レガート気味に奏される高弦は、音色も揃っていて非常に美しい。

第2楽章のアンダンテ・カンタービレも、以前の録音よりずっとゆったりとしたテンポで奏される。冒頭主題が幾分頼りなげに、たゆたうように提示されるあたりは、非常に印象深い。途中の短調部分でも絶妙な緩急がつけられ、陰影豊かに音のタペストリーが織り成される。

しかし、この録音の白眉は、テーマがフーガ風に処理される終楽章だろう。ここでは、若い頃とほとんど同じ快速調のテンポで、一気呵成に始まる。その後の、種々のモチーフを次から次へと処理していくマゼールの指揮棒さばきは、本当に名人芸と言ってよい。バイエルン放送交響楽団の名手たちも、反応豊かにタクトに応じ、万全の演奏ぶりである。

最後にブラボーを叫ぶ観客の声と拍手が収録されているが、現場にいたら相当興奮させられたと思われる。マゼールと名人オーケストラの《ジュピター》。決して枯れることのなかった才能あふれる指揮者の最良の演奏が、状態の良い音楽祭音源として残ったことを喜びたい。


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……… アルバム情報

ヴュルツブルク・モーツァルト音楽祭 100周年記念BOX

 ● 交響曲第33番 変ロ長調 K. 319(1-4)
   ラ・プティット・バンド
   ジギスヴァルト・クイケン(指揮)

 ● 交響曲第30番 ニ長調 K. 202(5-8)
   バンベルク交響楽団
   ヨーゼフ・カイルベルト(指揮)

 ● 交響曲第41番 ハ長調「ジュピター」K. 551(9-12)
   バイエルン放送交響楽団
   ロリン・マゼール(指揮)

   録音時期:1-4:2001年(デジタル)
        5-8:1959年(モノラル)
        9-12:1996年(ステレオ)
   録音場所:ドイツ・ヴュルツブルク, レジデンツ・インペリアル・ザール


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