オーストリアのロッケンハウスで、室内楽音楽祭が始まったのは1981年のことだった。2022年7月には40周年を祝い、記念のアルバムが発売されることとなった。ただし、この種の企画でよくあるような、過去の音楽祭の音源を年代順に並べたものにはならなかった。このことは、まさにこの音楽祭の独自性を表しているのではないだろうか。

そのアルバムの名は『CREATION』。普通は創造、創作という意味の言葉だが、定冠詞を付けた「The Creation」となると、「天地創造」という神話的イメージを持つことにもなる。2021年の夏、ロッケンハウス教区教会では、コロナ禍のさ中にありながら、音楽祭に縁のある音楽家たちから贈られた様々な曲種・曲調の音楽が鳴り響いた。これは、まさに“世界的な沈黙”の中から、新たな創造の兆しが立ち昇る瞬間でもあったろう。

このアルバムは、ヘレナ・ヴィンケルマンと8人の作曲家の作品、全12曲で構成されており、キャッチ・コピーには「ロッケンハウス音楽祭40周年を祝う、新作ばかりを豪華アーティストの共演で」とある。しかし、ヴィンケルマンとラファエル・メルランによるチェロ協奏曲2曲は音楽祭のための新作ではない。どうやら輸入元、そして、多くの評者も誤解しているようだ。

前者2曲のうち、ヴィンケルマンの曲は3楽章構成。《アトラス》と題されていて、ギリシャ神話のアトラスの物語に想を得ている。ティンパニーもソリストということで、ダイナミックな響きが特徴的だ。一方、メルランの《SEE: SEA & SEEDS. SI!》は、武満徹の曲を思わせる叙情的な響きが支配的で、好対照を成している。

ちなみにヴィンケルマンとメルラン以外の曲は、1曲ないしは第1楽章の演奏時間が長くても3分台までという小品がずっと続く。なので、CDを聞いている間は、次々と様々な音響の音楽が移り変わって行く。作品自体からも聴衆を受け入れるある種の幅を感じられるものが多く、これはなかなか楽しい体験だ。

というのも、メルランは今をときめくエベーヌ弦楽四重奏団のチェリスト。ヴィンケルマンもヴァイオリニストで、このアルバムには他にもヴァイオリンのパトリツィア・コパチンスカヤ(PATKOP名義)、ピアノのオッリ・ムストネンやマタン・ポラト、レーラ・アウエルバッハ、パーカッションのヨハネス・ユリウス・フィッシャーといった、作曲もする演奏家(=コンポーザーズ・パフォーマー)が多く曲を寄せている。これはこの音楽祭ならではの現象だろうが、そのことも曲自体の魅力につながっているはずだ。

中に1曲だけ、ややロマンチックな北欧風の曲想を持つ曲がある。クレジットを見てみたら、指揮者でもあるエサ=ペッカ・サロネンの《ロッケンハウスのための2つの断章》であった。こうした体験から言えることは、あまり作曲者や曲の背景等を気にしないで、流れてくる曲に身を任せて自由に聞いてみるのが、このアルバムには“相応しい”のかもしれない。

曲のことばかりを書いていて演奏自体には触れなかったが、チェロのニコラ・アルトシュテットをはじめとして、音楽祭の常連とも言える名手たちの演奏が悪かろうはずもない。一方、音楽祭を創設した名ヴァイオリニストのギドン・クレーメルが、サロネンの曲1曲しか参加していないのはちょっと意外で、寂しくもある。

だが、そのクレーメルが2012年に後継者としてアルトシュテットを音楽祭の芸術監督に選んでいる。彼はチェロ協奏曲のソリストも務めているだけでなく、全11曲に登場して気を吐いている。ライナーノーツの最後に、演奏後にお互いを讃えあっている新旧二人の写真が掲載されているが、良き後継者を得て、クレーメルもとても満足そうだ。


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……… アルバム情報

CREATION – ロッケンハウス室内楽音楽祭40周年記念

●ヘレナ・ヴィンケルマン
 ・アトラス – チェロ、ティンパニと弦楽のための協奏曲 (2019)
   ニコラ・アルトシュテット(チェロ)
   ヨハネス・ユリウス・フィッシャー(打楽器)
   ロッケンハウス・ストリングス
   バルナバス・ケレメン(指揮)
 ・ソネット74(2020-21)
   ジョルト・フェイェールヴァーリ(コントラバス)
   イリヤ・グリンゴルツ(ヴァイオリンI)
   ヘレナ・ヴィンケルマン(ヴァイオリンII)
   ペーテル・サボー(チェロ)

●マタン・ポラト
 ・三重奏による断章 (2021)
   イリヤ・グリンゴルツ(ヴァイオリン)
   ニコラ・アルトシュテット(チェロ)
   ユリアン・洋・ヘーデンボルク(ピアノ)

●エリッキ=スヴェン・トゥール
 ・メモ (2021)
   ミースン・ホン=コールマン(ヴァイオリン)
   ニコラ・アルトシュテット(チェロ)
   ヨーナス・アホネン(ピアノ)

●オッリ・ムストネン
 ・インヴェンティオ (2021)
   ニコラ・アルトシュテット(チェロ)

●パトリツィア・コパチンスカヤ
 ・ギリビッツィ(気ままな小品)
   ヴィルデ・フラング(ヴァイオリン)
   ニコラ・アルトシュテット(チェロ)

●マヤ・ソールヴェイ・シェルストルプ・ラトシェ
 ・賛歌 (2021)
   イリヤ・グリンゴルツ(ヴァイオリン)
   ティモシー・リダウト(ヴィオラ)
   ニコラ・アルトシュテット(チェロ)
   ニコラス・リマー(ピアノ)
   ヨハネス・ユリウス・フィッシャー(打楽器)

●クルト・シュヴェルツィク
 ・ロッケン-ハウス/アン-ロックド (2021)
   イリヤ・グリンゴルツ(ヴァイオリン)
   ティモシー・リダウト(ヴィオラ)
   ニコラ・アルトシュテット(チェロ)
   ニコラス・リマー(ピアノ)

●エサ=ペッカ・サロネン
 ・ロッケンハウスのための2つの断章(2021)から典礼
   タチアナ・グリンデンコ(ヴァイオリン)
   ニコラ・アルトシュテット(チェロ)
   クレメラータ・バルティカ
 ・ペンタトニック・チェイン
   ギドン・クレーメル(ヴァイオリン)
   ニコラ・アルトシュテット(チェロ)
   クレメラータ・バルティカ

●ラファエル・メルラン
 ・:SEE: SEA & SEEDS. SI! – チェロ協奏曲 (2016)
   ニコラ・アルトシュテット(チェロ)
   ロッケンハウス・ストリングス
   ラファエル・メルラン(指揮)

●ヨハネス・ユリウス・フィッシャー
 ・スティル・ヒア (2021)
   ニコラス・リマー(ピアノ)

●レーラ・アウエルバッハ
 ・別れは手短に(2021)
   ニコラ・アルトシュテット(チェロ)
   ロッケンハウス・ストリングス

 録音時期:2021年7月
 録音場所:ロッケンハウス教区教会
 録音方式:デジタル(ライヴ)


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