スター指揮者で二十世紀を代表する巨匠のヘルベルト・フォン・カラヤンは、モーツァルトの生地オーストリアはザルツブルクの生まれ。彼は膨大なレパートリーを持つことで知られているが、母国の作曲家アントン・ブルックナー(1824-1896)の交響曲についても、かなりの数の録音を残している。

しかし、どちらかといえば素朴かつ剛直なブルックナー演奏を好む我が国の音楽評論家たちには、壮麗なカラヤンのブルックナーは異端扱いされることが多かったと言える。そのあたりの事情について故・吉田秀和は、早い時期から異議を唱えていた(『ブルックナー再説』1969年)。

<カラヤンのブルックナー。それを完全に現代の第一級の演奏と認めるかどうかなどというのが、問題になるのは、日本ぐらいではないだろうか? (中略)現に、彼は、ヴィーン・フィル及びベルリン・フィルを帯同しての来日公演に、それぞれブルックナーの第八交響曲を指揮している。そのほか、私は、彼では第四、第七をベルリンやザルツブルクできいたことがある。ブルックナーはカラヤンのレパートリーの大切な柱の一つなのである。>

ここで吉田氏が言及しているウィーン・フィルを振っての来日時の演奏は、1959年10月28日に東京の日比谷公会堂で行われたもの。それはなんとこの交響曲の日本初演であったという。

また、次にカラヤンが日本を訪れたのは1966年の春で、手兵のベルリン・フィルと4月から5月にかけて日本全国を巡った後、東京に戻り、そこでもこのハ短調交響曲を演奏している(5月2日、東京文化会館。先年CDとして発売された)。これだけを見てもカラヤンが、ブルックナーのこの交響曲に並々ならぬ思い入れを持っていたことが窺われる。

さらにこの年のカラヤンは、日本ツアーの終了後、6月に入ると、再びベルリン・フィルを率いてオランダ・フランスを巡るツアーを敢行。6月19日にアムステルダムで行われた「オランダ・フェスティバル(オランダ音楽祭)」に客演し、再びこの曲を演奏していた。カラヤンのこのフェスティバルへの客演は1963年(ベルリン・フィル)、64年(ウィーン・フィル)に続いてだが、この1966年は、日本公演で取り上げた得意の大曲を引っさげ、堂々とオランダ入りしたというわけである。

ありがたいことに、この演奏会のライブ録音も昨年末に発掘されてCD化された。ちなみにこの演奏は、オランダ・フェスティバルのHPで検索するとアムステルダム市立劇場で行われたことになっているのだが、CDのブックレットには名門ホールのコンセルトヘボウでの録音とされている。いずれの場所だったとしても、豊かな残響を伴った好条件の会場で、壮年期における気力十分なカラヤンとベルリン・フィルの劇的なブルックナー演奏が残ったことは、まさに僥倖だ。

その演奏は、弦が柔らかに歌う最弱音から、金管が荒々しく咆哮する最強音まで、振れ幅の大きい表現で聴く者を圧倒する。カラヤンのライブはスタジオ録音の印象とは異なり、非常にアグレッシブかつ即興的であり、彼の実演がいつも大喝采に終わるのは、それなりの理由があるのである。縦の線を揃えることにはあまり注意が払われていないので、時折、「えっ」と思うようなズレも散見されるが、それはそれで、より音楽の生々しさ、一回性を伝えて余りある。

また、ブルックナーの作品は、後期に近づけば近づくほど扱われる和声も複雑になってきていて、「今鳴っているのは何調で、次は何調に転調する」といったプログラム的な聞き方では間に合わない部分が頻出する。この曲でも所々で短調と長調の旋律が同時に鳴っていて、音と音がぶつかり合うことで極めて深い響きを生んでいる。そうした入り組んだ曲を扱った時のカラヤンは、まさに音楽のすべてを一手に束ねる「大司祭」というべき高みに達する。指揮者のリッカルド・ムーティがカラヤンのブルックナー演奏を「神の声を聞くよう」と評したと伝わっているが、この演奏の前では、それもあながち誇張には聞こえない。

一方で、第3楽章のアダージョでは、各楽器を思いのままに歌わせながら、流麗な音楽の流れを作り出している。曲尾近くでは大伽藍のような壮大なクライマックスが築き上げられるが、それが少しの誇張もなく自然に達成されているのは、まさにカラヤンならでは。このあたり、彼特有の流れるような柔らかい腕の動きが目に見えるようでもある。まさに知情意のバランスの取れたブルックナーとして、長く語り継いで行くべき演奏だろう。


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……… アルバム情報

● ブルックナー:交響曲第8番

 ● ブルックナー:交響曲第8番ハ短調 WAB108
  ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
  ヘルベルト・フォン・カラヤン(指揮)

  録音日時:1966年
  録音場所:アムステルダム、コンセルトヘボウ(オランダ音楽祭)
  録音方式:ステレオ(ライヴ)


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