スペインのカタルーニャ地方に生まれた前世紀最大のチェロ奏者にして指揮者である、パブロ・カザルス。彼を慕う音楽家たちが集結して開かれたのがプラド音楽祭である。
プラドーースペイン・マドリードにあるプラド美術館があまりにも有名なので、プラド音楽祭もスペインの音楽祭かと思っていた方もいるかもしれない(そう思うのは私だけ!?……)。が、ここでいうプラド(プラードとも)は、スペインとの国境に近いフランスの小さな田舎町だ。
カザルスは1939年、スペイン内戦の勃発でフランスへ亡命。その後、プラドに隠棲していた。第二次世界大戦が終わったのを機に演奏活動を再開。しかし、戦後になってもフランコ政権が容認されている事態に失望し、公開演奏の停止を宣言していた。
こうなると、頑固なカザルスのこと、多くのアメリカの友人たちがカザルスに電報を打ち、演奏をしに来てほしいと頼んだが、うんともすんとも動かず。ブダペスト弦楽四重奏団の第2ヴァイオリン奏者、アレクサンダー・シュナイダーはわざわざプラドへ出掛け、天文学的な数字の謝礼まで申し出て説得したが、カザルスは「金やあらへん。これは道義の問題でっせ」と拒否した。
しかし、シュナーダーも諦めない。密かに温めてきたアイデアを最後の最後に持ち出した。「ほな、わてら一行がプラドに来るさかい、音楽祭を開くっちゅうのはどないや? ちょうど今年はバッハの没後200年やがな」。この言葉にカザルスはしばし黙考、ついにプラドで音楽祭を開くことを受諾したという。
6月、いよいよ音楽祭は始まった。そこではバッハの諸作品が広範に演奏されたようで、その一部は音楽祭に資金援助した米国のレーベル「Columbia=現在のSony」によって録音され、LPレコード10枚組として発売された。カザルスは、プラド祝祭管弦楽団を率いて、管弦楽組曲やブランデンブルク協奏曲、ヴァイオリン協奏曲などを演奏した。
また、クララ・ハスキルがチェンバロ協奏曲のソリストとして参加したのもこの年で(もちろんピアノで)、他にもヴァイオリンのヨーゼフ・シゲティやアイザック・スターン、チェロのポール・トルトゥリエ、ピアノのルドルフ・ゼルキンなど、錚々たるメンバーが集結し、熱い演奏を繰り広げている。
ただ、カザルスのチェロを聞こうとするなら、やはりこの、バッハのチェロ・ソナタ(全3曲)だ。元はヴィオラ・ダ・ガンバとチェンバロのために書かれた曲。ヴィオラ・ダ・ガンバという楽器は大きさこそチェロに似ているが、ヴィーオール属という別の種類に属する擦弦楽器。カザルスは、これらの曲をチェロで弾き、パウル・バウムガルトナーがピアノで伴奏している。
演奏スタイルはまったくロマンティックで、この録音をもってこの曲の標準的演奏というわけにはいかない。百も承知である。それでも、この演奏を聴く。カザルスは既に73歳、技術的にもちょっとあやしいところもなくはないのだが、すべてを包み込むような大らかなチェロの響きは、この演奏だけが持つ美徳というほかない。
巨匠はまるで今にも止まりそうなゆったりとしたテンポで緩徐楽章を歌い込む。そこから感じ取れるのは、このチェリストがバッハの音楽に寄せる全幅の信頼だ。一方で、第3番の曲の最後等では、南欧特有の荒々しい風土を想起させるような強烈なスフォルツァンドを聞くことができる。
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……… アルバム情報
J.S.バッハ:チェロ・ソナタ全集
[Disc1]
● チェロ・ソナタ第1番
● チェロ・ソナタ第2番
● チェロ・ソナタ第3番
パブロ・カザルス(チェロ)
録音方式:モノラル
録音場所:1950年, プラド音楽祭