ミラノ、ロンドン、シカゴ、ウィーン、ベルリン、ルツェルンと、国際的に活躍したイタリア人指揮者クラウディオ・アバド(1933-2014)。ヘルベルト・フォン・カラヤンやカルロス・クライバーといったカリスマ性のあった指揮者亡き後、最も存在感が大きかった一人であったことは間違いない。文字通りの「巨匠=マエストロ」、ということになるだろうが、僕の中ではむしろ「永遠の青年指揮者」というイメージが強い。

その死去の報が全世界を駆け巡っていた折、たまたまアバドとマルタ・アルゲリッチのツーショット写真をTwitterで見かけた。グランド・ピアノの前に座るアルゲリッチを、楽器に腰かけた若きアバドが指揮棒を手に見下ろしているという映画のスチール写真風のもので、この中の彼はまるでジェームズ・ディーンという感じ。実際、その棒から紡ぎ出される音楽も、決して尊大ぶったものではなく、風通しのいい、誰をも拒絶しない優しさに満ちていた。

そんな爽やかな印象のあるアバドだが、音楽面では意外に骨太な新プロジェクトをいくつも立ち上げている。後にあるインタビューで、現代音楽祭「ウィーン・モデルン」やグスタフ・マーラー・ユーゲント管弦楽団の結成などについては大変な闘いがあり、後になってようやく価値を認められるようになったと述べている。

「ウィーン・モデルン」は彼の提唱で1888年秋に始まった。その2年前、彼はウィーン国立歌劇場の音楽監督に就任しており、この音楽祭に国立歌劇場管弦楽団(=ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団)も引っ張り込んだ。伝統あるオーケストラと現代音楽、その組み合わせに演奏者側、聴衆側双方から多くの異論が吹き出したことは想像に難くない。今回取り上げるアルバムは、その「ウィーン・モデルン」のライヴ録音3年分を2枚組にまとめた好企画盤だ。

初年度1988年のオープニング・コンサートで演奏されたのは5曲。最初の曲は、ヴォルフガング・リーム作曲の《出発》だ。音楽祭の委嘱作品で、数回前のこの欄で取り上げた1968年の「マーラー・フェスト」で《嘆きの歌》などを指揮していたギュンター・トイリンクが合唱指揮を担当している。彼が創設したジュネス・コーラスが、その名の通り若々しい声で詩人アルトゥール・ランボーの歌詞を歌っており、曲尾の「デパール!=出発!」のシャウトで終わる。まさに音楽祭の出発を記念した一曲。

次いで、大物作曲家ジョルジュ・リゲティの代表作《アトモスフェール》と《ロンターノ》の2曲。前者は比較的演奏機会の多い曲で、スタンリー・キューブリック監督の映画『2001年宇宙の旅』に使われたことでも有名で、トーンクラスターという手法を使った代表的な曲でまさに現代曲だ。

ところが、そんな現代曲も、ウィーン・フィルが演奏すると、やはり響いてくる音楽は一味も二味も違う。繊細かつ優美な弦や管の音色がここでも際立っていて、非常にユニークな演奏になっている。後者の曲もより洗練された作風で、今では古典的にさえ響く完成度の高さだ。

ルイジ・ノーノはアバドと同郷のイタリアの作曲家で、作品の中で政治的なメッセージを訴えることもある過激な作風で知られ、その延長線上に第二次世界大戦中に迫害された犠牲者の手紙をテキストにした《断ち切られた歌》といった作品が並ぶ。戦後のイタリアを代表した左翼文化人の一人でもある。

ただし、ここで取り上げられた《愛の歌》は、妻になることになる女性(=作曲家シェーンベルクの娘ヌリア)にノーノが捧げた曲。政治的なメッセージから離れた作品であることが、まず珍しい。無論、決して聞きやすい曲調ではないが、リームの《出発》にも登場する若い合唱団の明るい声が、ある種の“救い”や“ほのかな予感”になっている。

コンサートの最後は、大御所ピエール・ブーレーズの《ノタシオンI-IV》で締められた。元々はブーレーズが20歳で作曲したピアノ曲で、ごく短い12の曲からなっている。30数年後にこの中から4曲が選ばれ、オーケストラ曲に編曲された。演奏順は、I>IV>III>IIが正しい(CDの表記は番号誤りで、表情は正しい。ちなみにその後、VIIが付け足されている)。

奇数曲はブーレーズらしい響きと音色の音楽で、その間に激しいリズムの偶数楽章が挟まる構成。後に作曲者自らがベルリン・フィルハーモニー管弦楽団を振った映像も残されているが、それに比べても、ここに収録されたアバド&ウィーン・フィルの方がむしろスタイリッシュかつ前衛的で、その比較は興味深い。

このアルバムに収められている1989年、1991年、1992年のライヴ録音のうち、ウィーン・フィルの演奏が収められているのは1989年の《ウィーン・モデルン I》だけだ。彼らの手になる現代音楽の演奏という意味でも貴重な記録で、併せてこの時期のアバドの音楽的成果が収められているアルバムでもある。


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……… アルバム情報

ウィーン・モデルン I・II・III

 <I>
 ● リーム:出発(1)
 ● リゲティ:アトモスフェール(2)
 ●      ロンターノ(3)
 ● ノーノ:愛の歌(4)
 ● ブーレーズ:ノタシオンI-IV(5)

 <II:タルコフスキーへのオマージュ>
 ● ノーノ:進むべき道はない、だが進まなければいけない……アンドレイ・タルコフスキー(6)
 ● クルターク:サミュエル・ベケット-ことばとは何(7)
 ● フラー:熱の顔(8)
 ● リーム:像はなく/道はなく(9)

 <III>
 ● ダラピッコラ:夜の小さな音楽(10)
 ● クセナキス:ケクロプス(ピアノ協奏曲第3番)(11)
 ● ペレッツァーニ:魂の春(12)
 ● ヘンツェ:歌劇《孤独大通り》~間奏曲集(13)
 ●      歌劇《バッカスの巫女》~狂乱の狩(14)

 クラウディオ・アバド(指揮)
 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団(1-5)
 アンサンブル・アントン・ヴェーベルン(6-9)
 グスタフ・マーラー・ユーゲント管弦楽団(10-14)
 ウィーン・ジュネス合唱団(1,4)
 アルノルト・シェーンベルク合唱団(9)
 アネット・ザイーレ(ソプラノ)(7)
 イルディコ・モニョーク(語り)(7)
 ロジャー・ウッドワード(ピアノ)(11)

 録音時期:1988年10月(1-5)
      1991年10月(6-9)
      1992年10月(10-14)
 録音場所:ウィーン
 録音方式:ステレオ(デジタル/ライヴ)


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