アントン・ブルックナーの聖地といえば、オーストリア北部のリンツにほど近いザンクト・フローリアンがまず浮かぶ。ブルックナーが若い頃(13才〜30才)に聖歌隊員やオルガニストとして活躍していた聖フローリアン修道院があり、彼の遺体もここに収められている。建物の中にはブルックナーの記念室があり、死を迎えたベッド、肖像画、愛用のピアノ等も飾られている。
この修道院では1996年以来、夏の時期に「Brucknertage=ブルックナー週間」という音楽祭が開催されている。今回、紹介する音源は、2018年8月17日に行われたブルックナー交響曲第7番ホ長調のライブ録音である。演奏は、フランス人指揮者レミー・バローと、この音楽祭の公式オーケストラである聖フローリアン・アルトモンテ管弦楽団のコンビである。
ところで、ザンクト・フローリアンのブルックナーの交響曲第7番といえば、日本では朝比奈隆&大阪フィルハーモニー交響楽団のライブ録音(1975年10月12日)が有名だ。いずれも教会で録音され、長い残響を取り込んだこの録音は僕もLP時代からの愛聴盤だった。だが今回、調べてみるとこの録音は同じ修道院でも「マンモア・ザール」、いわゆる「大理石の間」で行われたものだった。
一方、この修道院には、ブルックナーも弾いたという大オルガンのある大聖堂もあって、本ディスクのクレジットにもある「Stiftsbasilika」という表記はこちらを指していると思われる。かつて、かのカラヤンもここでブルックナーの交響曲第8番を演奏していて(1979年6月)、これは「Unitel」によってライブ収録されて今も見ることができる。これと動画サイトに上がっているバローたちによる演奏風景の映像を見比べてみると、同じ場所と確認できる。
しかし、この大聖堂においても、残響は約10秒といわれている。一般的なクラシック音楽専用のコンサートホールは、残響時間は満席時で約2秒。測定方法が違うだろうから単純な比較はできないが、写真で見る限りでもバロック様式の高い天井や奥深い会堂からは、残響時間の長さが伺える。これは実際の演奏においてはなかなか厄介だろう。
指揮者のバローは1977年、フランスの生まれ。実は、超スローテンポの演奏で有名だったかのセルジュ・チェリビダッケに薦められて指揮者になったという経歴の持ち主である。その影響もあるのか、残響の長さをうまく利用して、悠々としたテンポで曲を進めていく。バローによれば、このテンポはブルックナーの手紙等にも根拠があるというから、ある意味、確信犯的演奏スタイルといえるだろう。
途中、楽想が変わる部分でも、急なアゴーギクは使わず滑らかに切り替えていく。1885年ノヴァーク版使用とのクレジットだが、第1楽章のコーダでもそれほどアッチェレランドはしない。そういう行き方では、第2楽章が最も美しく、聞き応えもある。このブルックナーが書いた最も優美な音楽を、約26分かけてじっくりと弦を主体に歌っていくが、フレージングは粘らないので、音響全体としては爽やかな演奏に聞こえる。この点は、師とは違うユニークな特徴といえる。
バローは聖フローリアン修道院で、このオーケストラと第2番(1872年初稿・キャラガン版)、第3番(1873年初稿・ノヴァーク版)、第5番、第7番、第9番を、オーバーエスターライヒ・ユース交響楽団と第6番、第8番を録音している。作曲者ゆかりの大聖堂に座った気分で、時間を忘れてどっぷりと演奏に浸ることのできる得難い演奏で、こうしたシリーズが成り立つのもまさに音楽祭とのタイアップのお陰だ。あと一息なので、ぜひ完成に漕ぎ着けてほしい。
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……… アルバム情報
● ブルックナー:交響曲第7番ホ長調 WAB107
ザンクト・フローリアン・アルトモンテ管弦楽団
レミ・バロー(指揮)
録音時期:2018年8月17日
録音場所:ザンクト・フローリアン、聖フローリアン修道院教会
録音方式:ステレオ(DSD/ライヴ)