湖上のオペラ「ブレゲンツ音楽祭」。1946年からスタートしたこの音楽祭は、ボーデン湖の上に特大の立体的な舞台装置が組まれる。あまりに大規模なセットゆえ、夏の間4週間を1シーズンとして、原則2シーズン、つまり2年間は同じ演目が行われる。湖上に組み上げられた舞台はその間、ずっと置き放し。シーズン・オフにはそれを見物に来る観光客もいるという。

単にシチュエーションが変わっているだけではない。その野外・湖上という制約を逆手に取り、プロジェクト・マッピングやワイヤーアクション、本物の火、水などを駆使して、ハリウッドばりの大規模な演出を堪能できることで有名な音楽祭である。

そのピットに入るのはウィーン交響楽団で、その演奏や合唱は隣接するホールで演奏。小型マイクをつけた歌手の声と最新の音響システムで合成され、スピーカーを通して観客席に流される。野外劇場でありながら、ある意味、「未来のオペラ劇場」という側面を持っている。

今回はこのユニークな音楽祭から、2019年に上演されたヴェルディ《リゴレット》を見よう。演出はドイツの映画監督で、オペラの演出にも積極的に取り組んでいるフィリップ・シュテルツル。代表作は、2015年のザルツブルク復活音楽祭の《カヴァレリア・ルスティカーナ》と《道化師》で、祝祭大劇場の巨大な舞台を6分割した斬新な演出は話題になった。

注目の舞台は、中央には大きな道化の顔の張りぼてが置かれ、下手には右手、上手には本物の大きな気球を持つ左手が配置されている。首・手首の飾り襟を模したような3つの円形の輪がそれぞれ上演ステージとなるのだが、顔や手は自在に動き、何かしら意味深い表情を見せることになる。

登場人物は、サーカス団員の格好で登場する。とはいえ、ストーリーをサーカス内での出来事に置き換えたわけではない。マントヴァ公爵の“あれかこれか”は顔の張りぼての口の中で、ジルダの“慕わしい人の名は”は気球に乗って遥か上空から、というように、現実にはあり得ないようなアクロバティックな設定で歌うことになる。実際、歌手は常時、命綱をつけて歌っている。

そんな大技の一方で、芸が細かいところもある。例えば、ジルダがマントヴァ公爵と出会う場面などでは、侍女のジョヴァンナと入れ替わって後ろから抱きしめる。また、ラストシーンでのブランコの使い方のうまさ!。決して設定無視の荒唐無稽な演出とはならないギリギリのところで、劇のアクチャリティは一層引き立つ。

タイトル・ロールを歌うのは、ブルガリアのバリトン、ウラディーミル・ストヤノフ。マントヴァ公爵にアメリカ人テノール、スティーヴン・コステロ、ジルダにフランス生まれの新進ソプラノ、メリッサ・プティという具合に歌手陣は国際色豊かで、突出したスターはいないものの、全体のバランスは良く取れている。

特にストヤノフはなかなかの美声で、とても歌が聞きやすい。指揮のエンリケ・マッツォーラは終始落ち着いたテンポ設計を採り、音響システムの優秀さも相まってか、オーケストレーションが透けて見えるような指揮を披露している。実際、ここまでオケの各楽器や合唱パートがよく聞こえてくる《リゴレット》を、僕は初めて聞いた。

この作品、聞き手は異形の道化リゴレットの悲哀を、身に染みて感じるのが常だ。が、ここではそれに留まらず、舞台そのものが醸し出す人間世界の残虐さと不条理性、それが舞台上の道化の顔とともにいつまでも聞き手の心に強い印象を残す。その意味では見かけ上の派手さとは裏腹に、本格的かつ正統的な上演と言えるだろう。


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……… アルバム情報

ヴェルディ:歌劇《リゴレット》全曲
 演出:フィリップ・シュテルツル

 リゴレット:ウラディーミル・ストヤノフ
 ジルダ:メリッサ・プティ
 マントヴァ公爵:スティーヴン・コステロ
 スパラフチーレ:ミクローシュ・セベスティエン
 マッダレーナ / ジョヴァンナ:カトリン・ヴンザム

 エンリケ・マッツォーラ(指揮)
 ウィーン交響楽団
 プラハ・フィルハーモニー合唱団(合唱指揮:ルカーシュ・ヴァシレク)
 ブレゲンツ音楽祭合唱団(合唱指揮:ベンジャミン・ラック)
  
  録音日時:2019年7月17,18日
  録音場所:ブレゲンツ音楽祭、ボーデン湖上舞台(ライヴ)
  録音方式:ステレオ(ライヴ)


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