スイスの「モントルー・ヴヴェイ9月音楽祭」のライブ・シリーズCDから、巨匠・名手たちによる1956年収録の協奏曲4曲を収めた贅沢なアルバムがこれ。今回は、その中のウィリアム・ケンプをソリストにしたベートーヴェンのピアノ協奏曲第4番を聞こう。

ケンプといえば、バッハに始まり、ベートーヴェン、シューベルト、シューマン、ブラームスといったロマン派あたりまで、ドイツ・オーストリア系のピアノ作品を弾かせたら、押しも押されぬ名匠として知られてきた。その中でもベートーヴェンは、バックハウスと並び賞されていた中核的レパートリーである。

ピアノ・ソナタとピアノ協奏曲の全集を複数回完成させているほか、バイオリン・ソナタ全集、チェロ・ソナタ全集、小品集等も録音している。先年、1961年の東京公演でライブ収録されたピアノ・ソナタの全曲録音が発掘され、大いに話題なったことも耳に新しい。

さて、そのケンプがモントルーで弾いた第4番の協奏曲だが、ピアニストの懐の深さとライブならではの感興とがあいまって極めて瑞々しい演奏になっている。このピアニストは、好不調の差が大きかったといわれる。その意味では、メカニックがしっかりしていて、精密機械のようにいつも同じような演奏ができる現代のピアニストとはまったく様相が違う。

ところが、興に乗った演奏には、まさにこの奏者しか作り出すことのできない独特の時間が流れる。この日のベートーヴェンも、冒頭からさらさらと自然体で弾き進んでいるようでいて、トリル一つとっても急流の中に跳ねる魚の銀鱗ようなきらめき・勢いが感じられる。

その一方で、時に音楽の流れが沈潜する箇所では、まるで時が止まったかのような深々とした表情を見せる。例えば、第2楽章。オーケストラの弦が、「人生とは何か?」とでもいうような重い問いを繰り返し発する。それに一つひとつ応えていくピアノの透徹した響きが圧巻。孤独感がひたひたと聞き手の身に迫ってくる。

そして、それに続く第3楽章では、ロンド主題での爆発的な演奏が待っていて、その落差には驚くほかない。バックを務めるヨゼフ・カイルベルト指揮のケルン・ギュルツェニヒ管弦楽団も、「ドイツ風」や「無骨」という言葉が多用される演奏家だが、弱音部を中心に繊細な伴奏ぶりである。こうした演奏で聞くと、ベートーヴェンの音楽の持つ多様性・革新性が非常に良く伝わってくる。正直、僕はこの演奏を聞いて、初めてこの曲の真髄に触れた心地がしているほどだ。

このアルバムにはそれ以外に、モーツァルトのピアノ協奏曲第27番(ハスキル&クレンペラー指揮ケルン・ギュルツェニヒ管弦楽団)、ブラームスのヴァイオリン協奏曲(スターン&クリュイタンス指揮フランス国立放送管弦楽団)、ドヴォルザークのヴァイオリン協奏曲(ミルシテイン&クレツキ指揮ケルン・ギュルツェニヒ管弦楽団)といった興味深い組み合わせの協奏曲録音が入っている。

中でも、スターンとクリュイタンスという異色の組み合わせによるブラームスは、若きソリストの熱演を指揮者が充実したオーケストラを向こうにがっちり受け止めた熱演である。スイスのロマンド放送による録音も、この時代のものにしては大変状態がよく、「ヒストリカルものは音が悪くて……」という方にも十分楽しめる盤になっている。


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……… アルバム情報

◉ モーツァルト:ピアノ協奏曲第27番
  クララ・ハスキル(ピアノ)
  オット・クレンペラー(指揮)、ケルン・ギュルツェニヒ管弦楽団

◉ ブラームス:ヴァイオリン協奏曲
  アイザック・スターン(ヴァイオリン)
  アンドレ・クリュイタンス(指揮)、フランス国立放送管弦楽団

◉ ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第4番
  ヴィルヘルム・ケンプ(ピアノ)
  ヨーゼフ・カイルベルト(指揮)、ケルン・ギュルツェニヒ管弦楽団

◉ ドヴォルザーク:ヴァイオリン協奏曲
  ナタン・ミルシテイン(ヴァイオリン)
  パウル・クレツキ(指揮)、ケルン・ギュルツェニヒ管弦楽団

  録音時期:1956年9月
  録音場所:モントルー、パビリオン
  録音方式:モノラル(スイス・ロマンド放送によるライヴ収録)


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