日本で最もチケットの取り難い音楽祭の一つに「セイジ・オザワ 松本フェスティバル(OMF)」がある。Webのチケット・サイトでもなかなか取れないことから、熱心なファンは、現地・松本のチケット販売所に数日前からテント村を作って発売日を待つというような光景もあるという。

元々は、1992年から毎年夏に開催してきた「サイトウ・キネン・フェスティバル松本(SKF)」がその前身。2015年より、総監督である小澤征爾の名を冠した「セイジ・オザワ 松本フェスティバル」へと生まれ変わった。名前は変わっても、小澤を慕って集まる演奏家で作るサイトウ・キネン・オーケストラ(SKO)の優れた演奏が、その最大の魅力であることは言うまでもない。

その記念すべき第1回目の演奏会でオープニングを飾ったのが、こちらも世界的な作曲家・武満徹のオーケストラ作品《セレモニアル – オーケストラと笙のための》であった。フェスティバルのオープニングのために委嘱された作品で、今回取り上げるディスクにその世界初演のライヴが収録されている。

冒頭、宮田まゆみの吹く笙の神秘的な音色で始まる。先年、NHKで放送された映像を見ると、宮田は笙を演奏しながら客席の間の通路をゆっくり歩き、ステージに登ってくる。その間、約3分弱。それが一息つくと、今度はオーケストラがやはりこの世のものとも思えない神妙な音色で加わってくる。

今回、記事を書くに当たってリビングで聴いていたら、特に熱心なクラシック・ファンでもない家人が、「これって、武満徹?」と訊いてきた。いつもの「タケミツ・トーン」であることは間違いないが、盟友・小澤が立ち上げたフェスティバルの開幕を祝う曲だけに、ある種の「祝典性」が感じられる響きになっていることが注目される。

途中、客席後方の2階席からバンダで加わるフルート、ピッコロ、オーボエの響きも、まるで天から降ってくる啓示のように、会場では響いただろう。その後、音楽は再び笙のパートに戻るのだが、オーケストラの微かな余韻の中に、すーっと笙の音色が忍び込んでくる瞬間は、まさにこの曲における最も印象的な場面だろう。

全体で9分ほどの小曲ながら、一度聞いたらずっと頭の中にその響きが残っているような音楽である。とはいえ、上記のような背景を持つ曲だけに録音は少ない。米国のタングルウッド音楽祭で小澤征爾に学んだ佐渡裕の録音がある程度だ。彼が手兵のウィーン・トーンキュンストラー管弦楽団とブルックナーの交響曲第9番を録音した折、そのアルバムにカップリングされた。

ただ、ウィーンの会場、ウィーンのオーケストラで改めて聴いてみると、これまでには気付かなかった視点も浮かんでくる。全パートに気を配り、より構成的に演奏された小澤の演奏とは打って変わって、ここではムジークフェライン・ザールの豊かな残響がプラスに働き、管楽器の響きが支配的であり、より夢幻的かつ世紀末風の音を響かせている。

それはまた、前のトラックに収められたブルックナーのアダージョと、ある意味シームレスに繋がった音響世界でもある。つまり、この《セレモニアル》自体、笙という東洋の伝統楽器を使いながら、19世紀末のブルックナーから新ウィーン学派を経て現代へと続く、音楽史の大きな流れの中にある極めてユニバーサルな音楽であることがよく理解できるのである。

その意味では、極東の島国の一地方都市から世界に発信すべく始まった「SKF」から「OMF」と受け継がれてきた理念を良く体現している曲だったとも言える。音楽祭は小澤の健康状態やコロナ禍で、厳しい環境が続いていると思うが、映像配信など新たな取り組みも始まっている。この時代、こんな時代だからこそ、松本から、日本から、世界へ音楽を届けてほしいと思うのは、僕ばかりではないだろう。


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……… アルバム情報

武満徹:セレモニアル
 ● 武満徹:セレモニアル
      系図
      マイ・ウェイ・オブ・ライフ
      弦楽のためのレクイエム
      エア

  宮田まゆみ(笙)… 1
  御喜美江(アコーディオン)… 2
  小澤征良(語り)… 2
  ドウェイン・クロフト(バリトン)… 3
  東京オペラシンガーズ… 3
  オーレル・ニコレ(フルート)… 5

  サイトウ・キネン・オーケストラ(1-4)
  指揮:小澤征爾… 1-4

   録音時期:1991年 – 1996年
   録音場所:松本, 長野県松本文化会館
   録音方式:デジタル(ライヴ)


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