ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン(1770-1827)の最後の交響曲、第9番《合唱》。この曲を聞くと、年末気分になるという音楽ファンは多いと思う。実は、これは日本だけの風習らしい。楽団員の年越しの餅代を配るために始まった…、なぜそうなったか、それについては諸説ある。

そうした日本の師走を、世界の楽壇に不思議がられているのではないかと思わないでもないが、日本にはさらにもう一つ、ベートーヴェンの交響曲絡みのユニークな催しがある。それは大晦日に、ベートーヴェンの全9曲の交響曲を、番号順に連続演奏するという催しだ。

その名も、『ベートーヴェンは凄い! 全交響曲連続演奏会』。12月31日の午後に第1番の演奏を開始。最後の第9番が終わる頃には新年を迎えているという一大イベントである。休憩を挟んで約10時間! この破天荒な企画は、作曲家の三枝成彰らの発案で2003年に始まった。

三枝氏はこの演奏会の意義を、こう述べている。「私たちは大晦日の一日を使って、「第一」から「第九」まで、ベートーヴェンの遺した9つの交響曲を通して聴くことにより、西洋音楽の歴史と進化を体感したいと考えました」。

ハイドン、モーツァルトなど、先輩作曲家の影響を残しながらも、随所で新機軸を見せる初期の2曲に続いて、第3番《英雄》で時代を突き抜けた超大作を誕生させたベートーヴェンは以後、生涯を通じて誰も聞いたことがないような個性的な曲を生み出してきた。その歩みは、番号順で聞くことによってより鮮明に伝わってくることは間違いない。

実は初回2003年の時点では、岩城宏之、大友直人、金聖響の3氏、および2つのオーケストラで全9曲を演奏していた。だが、翌年になって最長老72歳の岩城が「3曲だけでは不完全燃焼、今年は1人で全部指揮したい」と言い出す。関係の深いNHK交響楽団のメンバーもこれに呼応、ついに一人の指揮者、一つのオーケストラによる「振るマラソン」という前代未聞の企画となった。その2004年の録音が5枚組のCDで出ている。

今の時代、これらの曲は日々、さまざまなコンセプトで演奏され、消費され続けている。そうした中にあって、全9曲を通して演奏する、または聴くという行為を通してのみ伝わってくるずっしりとした手触りは、やはり貴重なものだと言わねばならない。

岩城は全9曲で一つのコンサートと捉えているためか、その解釈にはある意味、無用な力みはなく、曲そのものに語らせるという無欲・謙虚な姿勢が感じられる。東京芸術大学打楽器科出身というだけあって、清冽なリズム感覚も健在だ。

2004年と2005年も岩城が一人で全曲の指揮を行ったが、彼は2006年6月に急逝。9人の指揮者で振り分けた2006年の後、2007年から2009年は小林研一郎が全曲の指揮を務めた。2010年には当時80歳の巨匠指揮者指揮者ロリン・マゼールが登場。この年はネットでの生配信も行われ、大いに話題となった。

2011年から再び小林が登板。以後、昨年までの10年間、連続して担当している。そして今年2021年は、御歳81歳の大ベテランが担当する最後の年とアナウンスされている。全曲演奏が成れば、最年長記録を更新する。”炎のコバケン”が「第九」を振り終え、大喝采を浴びる勇姿をぜひ見てみたい、そう思うのは僕だけではあるまい。


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……… アルバム情報

● ベートーヴェン:交響曲全集

  ・交響曲第1番ハ長調
  ・交響曲第2番ニ長調
  ・交響曲第3番変ホ長調《英雄》
  ・交響曲第4番変ロ長調
  ・交響曲第5番ハ短調《運命》
  ・交響曲第6番ヘ長調《田園》
  ・交響曲第7番イ長調
  ・交響曲第8番ヘ長調
  ・交響曲第9番ニ短調《合唱》

   釜洞祐子(ソプラノ)
   黒木美保里(アルト)
   小林一男(テノール)
   福島明也(バリトン)
   晋友会合唱団

   N響メンバー達による管弦楽団
   岩城宏之(指揮)

   収録時期:2004年12月31日
   収録場所:東京・東京文化会館(ライヴ)


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