「エディンバラ国際フェスティバル」は、イギリス・スコットランドの首都エディンバラで、毎年8月に開催されるオペラ、演劇、音楽、ダンス等、総合的な公演芸術の祭典である。通常「エディンバラ音楽祭」と呼ばれるものは、その音楽部分の公演を指す。これは「ザルツブルク音楽祭」が「ザルツブルク・フェスティバル」の一部でありながら、わが国では音楽祭と通称されているのと同じことだ。
第1回目のフェスティバルが行われたのは、戦後間もない1947年である。創設を企図した一人は、オーストリア生まれのルドルフ・ビング。彼は後にメトロポリタン歌劇場の総支配人となったことで有名となるのだが、この時はまだグラインドボーン音楽祭に携わっていた。「ミュンヘン、バイロイト、ザルツブルクに匹敵する夏の音楽祭をエディンバラに」とぶち上げてみたものの、さすがにその実現を心配する向きもあったようだ。
しかし、彼には切り札があった。それは、音楽祭に合わせブルーノ・ワルター(1876-1962)を渡英させ、戦後初めてウィーン・フィルハーモニー管弦楽団を指揮してもらう…。そのニュースが伝わると、当然ながら雰囲気は一変。この時のことを彼は「一体全体何をするつもりなんだといつ聞かれようとも、だたブルーノ・ワルターが来るとさえ言えば、それ以上質問されることはなかった」と回想している。
ワルターはドイツ出身ながらユダヤ系であったことから、ナチスの迫害により、1939年からはアメリカに本拠を置いて活動していた。大戦が終わり、1946年以来毎年のようにヨーロッパに客演することはあっても、自らを追放したウィーンの地を踏むことも、その地の代表的オーケストラであるウィーン・フィルの指揮台に立つことはなかったのだ。
敏腕プロディーサーのビングは、ワルターの招集に向けて前年から周到な準備・打ち合わせを行い、ワルターはかつて自らが初演の指揮を執ったグスタフ・マーラーの大曲《大地の歌》を取り上げることを提案する。この時、ビングは当時まだ国外には知られていなかったあるイギリス人のコントラルト(女声歌手で最も低い声域)歌手を推薦した。「みんなが絶賛している若い歌手が一人います」と。
それが、キャスリーン・フェリアー(1912-1953)だった。実際、本番もウィーン・フィルの献身的な演奏も相まって、感動的なものとなった。この後、彼女は1949年のザルツブルク音楽祭で、ワルター、ウィーン・フィルとまた歌った。そして1952年5月、ワルターと《大地の歌》をウィーンのムジークフェラインザールで録音(Decca)、このアルバムはいまだに決定的な名盤として聞き継がれている。
今回取り上げるのは初共演から2年後、1949年のエディンバラ音楽祭での歌曲リサイタルのライブ録音。ここでワルターは、ピアノでの伴奏を担っている。彼はピアノの名手としても知られてはいたが、高齢ということもあって既にピアノ演奏からは遠ざかっていた。しかし、お気に入りの歌手が相手とあれば、何もそれを妨げるものはなかったろう。
和音を崩して弾くあたりを捕まえて、「古いスタイルの伴奏」という人もいるようだ。しかし、それがなんであろう。《女の愛と生涯》の冒頭など、ワルターの伴奏は決して感傷的でも情緒的でもなく、むしろリズミックかつ大胆にピアノを鳴らす。テンポも速いようで遅い、遅いようで速い、とでもいうような、ワルターの絶好調時の指揮ぶりを思わせる自在な伴奏を聞かせている。
一方のフェリアーは、ワルターの伴奏に全幅の信頼を置き、極めて堂々とした歌唱を聞かせている。彼女がコントラルト特有の豊かで深い歌声で、シューベルトの「若い尼僧」を歌い出すと、ホールの空気が一変する。その飾り気のない率直な歌いぶりからは、曲の本質に迫ろうという真摯さが伝わってくる。
アルバムの冒頭に収められたインタビューで、彼女は音楽祭への思いを語り、「シューベルト、シューマン、ブラームスとマーラーの作品および歌曲を、ドクター・ワルターと共演し、その教えを受けることは、作曲家自身から知識と霊感を授けられるような思いでした」と述べているが、まさにこの時の二人の間には、同じ音楽が見えていたとしか言いようがない。
フェリアーはこの4年後、わずか41歳で急逝した。実質10年足らずのキャリアであったが、その名声は不世出のコントラルトとして、70年後の今も世に残っている。ワルターはエディンバラ音楽祭の準備で彼女と出会ったことについて、後にこう回想している。「このとき始まった芸術的な交友関係こそは、私が音楽家人生で味わった至上の幸福に類するものである」。
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……… 音源情報
● エディンバラ国際フェスティバル1949
1.私にとってのエディンバラ音楽祭(フェリアーのナレーション)
2.シューベルト:若い尼僧 D.828
3. ロザムンデのロマンス D.797の3b
4. あなたは私を愛していない D.756
5. 死と乙女 D.531
6. ズライカI D.720
7. きみはわがやすらい D.776
8.ブラームス:まどろみはいよいよ浅く 作品105の2
9. 死はさわやかな夜 作品96の1
10. たより 作品47の1
11. 永遠の愛 作品43の1
12.シューマン:歌曲集「女の愛と生涯」作品42(全曲)
キャスリーン・フェリアー(コントラルト)
ブルーノ・ワルター(ピアノ)
録音時期:1949年9月
録音場所:ウルシャーホール, エディンバラ