1960年9月、ソビエト連邦の作曲家ドミトリー・ショスタコーヴィチは、自身のチェロ協奏曲第1番の西側初演の際、前年の世界初演でも起用したチェリスト、ムスティラフ・ロストロポーヴィチをロンドンに帯同した。ツアーは大成功。この時、客席にイギリスの作曲家ベンジャミン・ブリテンがいた。演奏に感激した彼は終演後、作曲家とともにロストロポーヴィチの楽屋を訪問した。この時の、チェリストの反応が面白い。

本人の回想によると、彼はブリテンの曲といえば、同日演奏されたヘンリー・パーセル(17世紀イギリスの作曲家)の主題による《青少年のための管弦楽入門》しか知らなかったというのだ。しかも、ブリテンとパーセルとを混同。本人を前にして、ロシア語でショスタコーヴィチに「ブリテン、誰? ずっと昔に亡くなったのでは?」と訊いたという。

翌年、この愛すべき名チェリストは、ブリテンからイギリス東部の景勝地オールドバラに招かれた。オールドバラは美しい海辺の風景が広がる別荘地としても有名で、ブリテンは1942年以来この街で暮らしていた。1948年には、テノール歌手のピーター・ピアーズらと共に、この地に音楽祭を創設した。このCDは、その年の7月7日、音楽祭で収録されたものだ。

コンサートは、シューベルト作曲の名曲「アルペジオーネ・ソナタ」で始まる。ブリテンの希望で選ばれたのだそうで、ということはロストロポーヴィチのレパートリーには元々はなかった曲ということになる。後に二人で、決定的な名演をスタジオ録音(1968年7月)することになる。

それにしても、このコンサートの場に居合わせた聴衆の誰もが、ロストロポーヴィチの深い歌心と柔軟な弓さばきには感嘆したはずだ。一方、チェリストのスケールの大きな表現を受け止める作曲者のピアノがまた素晴らしい。ロストロポーヴィチは彼について、こう語ったと伝わる。「ベン(ジャミン)は、まるで作曲をするようにピアノを弾く」。

続いて、ロストロポーヴィチの希望を受け、音楽祭で初演するためにブリテンが満を持して書き下ろしたチェロ・ソナタ。全5楽章。新古典主義的なシンプルな造形の中にチェロの様々な技巧が駆使されている。余程、好評だったのだろう。このソナタは、コンサートの後半に演奏されたシューマンの《民謡風の5つの小品集》、ドビュッシーのチェロ・ソナタともども、コンサート後から日を置かず、「デッカ」によってスタジオ録音された。

録音条件等はそちらの録音の方に分があるが、ライブならではの感興はこちらの初演の方が勝る。「このソナタの、気分が変わりやすい、劇的・効果的イメージは、ロストローポーヴィチの性格を描いた肖像」と作曲家は述べている。まさに二人の天才のインティメートな対話と、作品の奥底を共に探索するような深い思索とが、この演奏には濃厚だ。

リサイタルの最後には、ピアーズが加わり、バッハのカンタータからアリア“あなたがこの貴い平和を”が歌われる。アンコールやロストポーヴィチのスピーチも収録され、当日の雰囲気十分。オールドバラの初夏の美しい風景を思い起こしながら、名手たちの友情と感謝の交歓にじっと耳を傾けるのは実に幸せな体験だ。音楽祭の長い歴史の中でも、ブリテンとロストロポーヴィチとの初公開演奏として、いつまでも語り継いでいきたい記録だ。


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……… アルバム情報

Disc1
● シューベルト:アルペジョーネ・ソナタ イ短調 D.821
● ブリテン:チェロ・ソナタ ハ長調(世界初演)
● ブリテン:チェロ・ソナタ ハ長調~第5楽章 無窮動:プレスト(アンコール)
● シューマン:民謡風の5つの小品集 op.102

Disc2
● ドビュッシー:チェロ・ソナタ ニ短調
● ブリテン:チェロ・ソナタより第4楽章 行進曲(アンコール)
● ロストロポーヴィチのスピーチ
● J.S.バッハ:カンタータ BWV.41よりアリア(アンコール)

 ムスティスラフ・ロストロポーヴィチ(チェロ)
 ベンジャミン・ブリテン(ピアノ)
 ピーター・ピアーズ(テノール:バッハ)

 録音時期:1961年7月7日
 録音場所:オールドバラ / ジュビリー・ホール
 録音方式:モノラル

(ボーナス収録)
● J.S.バッハ:無伴奏チェロ組曲第3番ハ長調 BWV.1009

 ムスティスラフ・ロストロポーヴィチ(チェロ)

 録音時期:1961年7月4日
 録音場所:オールドバラ / 教区教会
 録音方式:モノラル

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