とある地方の小都市で行われる夏の音楽祭のお話。約1週間、内外から音楽家を集め、室内楽を中心にいくつかのアンサンブルが組まれる。ただ、メインの演奏会場としては、千人強入る大ホールが一つあるだけ。それだけに、さすがに現代音楽等なじみの少ないレパートリーが続くと、会場はガラガラとなる。すると、仲間の演奏家や関係者など無料の観客が会場の前半分に陣取って、盛んに身内同士で拍手を送ることに……。
また期間中、関係者のSNSには、にこやかに肩を組む音楽監督や演奏家の写真がいくつも並ぶ。これらは、ある種、微笑ましい光景でもあるが、それが長年、同じ映画でも見るように繰り返されると、どこかしら演奏家ファーストの”馴れ合い”が舞台上からも滲み出るのは、如何ともしがたい。実は、そうしたいかにも日本風の優しげな光景とは対極にあるような風土の音楽祭が、アメリカのバーモント州マールボロにある。
そのマールボロ音楽祭は1951年、マールボロ大学の構内で、ピアニストのルドルフ・ゼルキンの提唱で始まったものだ。創立当初からチェロのパブロ・カザルスやヴァイオリンのアドルフ・ブッシュ、フルートのマルセル・モイーズといった伝説的な演奏家たちが参加する一方で、彼らが若手音楽家を指導し共に音楽を作り上げていくことでも有名になった。
音楽祭の期間は、7月から8月にかけての約1か月。ただし、公開される演奏会は、週末に限られるという。平日の間は選り抜きの音楽家たちが1週間必死に練習し、60とも80とも言われる多くのグループの中から選ばれた者だけがコンサートに出演できるという仕組み。当然ながら、仲間とじゃれあっている時間などまったくない。
現在の音楽監督は、我が国が誇る硬派ピアニストの内田光子である。彼女が音楽祭期間中の昼食会場でベートーヴェンのピアノ・ソナタ第31番について熱心に議論しているうちに、激昂。丸めたペーパー・ナプキンを同席していたピアニストに投げつけたという興味深くも恐ろしげな目撃談が、スタインウェイ&サンズの公式サイトで紹介されている(笑)。
超一流と言われるアーティストたちは、いついかなるところでも、ことほど左様に真剣なのである。実際、ピアニストのマレイ・ペライア、アンサンブル・グループのタッシ、グァルネリ弦楽四重奏団、ヴァイオリニストの漆原朝子など、この音楽祭で鍛えられたのちに世界に羽ばたいた音楽家たちは、枚挙にいとまがない。
さて、音楽祭の音源は、最近のものも含めかなりの数にのぼる。その中で一際有名なのは、かのカザルスが音楽祭のオリジナル・オーケストラを指揮したものだろう。バッハやベートーヴェンなども素晴らしいが、ここではモーツァルトの後期交響曲集を聴こう。この録音は、この音楽祭が唯一無二の存在であることを音で証明している。
奏法も使用楽器も統一されていない臨時編成のオーケストラである。一般的な意味において、その演奏は決して美しくはない。またことさら新しい解釈が聞かれるわけでもない。しかし、どの楽章、どの小節を切り取っても、奏者たちが必死でカザルスの指揮棒に食らいつき、全身全霊をかけて演奏に臨んでいる様子がひしひしと伝わってくる。
しかも……。そこから浮かび上がってくるのは、カザルスたち演奏家個人の個性などではなく、モーツァルトが書いた音楽自体の比類なき勁さ、大きさなのだ。このような演奏の後で他の録音を聞くと、それらがいかに演奏技術的に優れていようとも、音楽の表面を撫でているだけ、というように聞こえてしまう。
ちなみに第36番の《リンツ》は、前半の2楽章をはじめ、テンポも緩やかなおっとりした演奏で、聞いた印象はがらっと変わる。クレジットを見ると、この曲だけはマルボーロ音楽祭以前にカザルスが関わっていたプエルト・リコ・カザルス音楽祭での録音ということである。その存在が、逆にマルボ-ロ時代の演奏の独自性を際立たせる結果ともなっている。
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……… アルバム情報
● Disc-1
・交響曲第35番ニ長調 K.385《ハフナー》
・交響曲第36番ハ長調 K.425《リンツ》※
● Disc-2
・交響曲第38番ニ長調 K.504《プラハ》
・交響曲第39番変ホ長調 K.543
● Disc-3
・交響曲第40番ト短調 K.550
・交響曲第41番ハ長調 K.551《ジュピター》
パブロ・カザルス指揮
マールボロ音楽祭管弦楽団
プエルト・リコ・カザルス音楽祭管弦楽団※
録音:1959年~1968年