ロンドン・ヴィクトリア駅から列車で1時間ちょっとのルイスで下車し、そこからタクシーで約10分。視界の先にグラインドボーンのカントリーハウスが現れる。1930年代初め、イギリスの貴族で資産家のジョン・クリスティは、この地に座席数300のオペラハウスを建てた。妻でカナダ人ソプラノ歌手のオードリー・ミルドメイのためのプライヴェートな劇場だったというから、貴族の考えることはさすがにスケールが大きい。
この劇場では、当初からその規模に合わせモーツァルトのオペラの理想的な上演が企図されたとされる。これが90年を越えて今に続く「グラインドボーン音楽祭」の始まりである。1934年に行なわれた最初の上演では、そのモーツァルトの代表作《フィガロの結婚》と《コシ・ファン・トゥッテ》の2作品が選ばれた。
指揮者のフリッツ・ブッシュ(1890-1951)はドイツ生まれの指揮者だが、1933年にナチス政権が成立するとこれを嫌って国外で活動を始め、1934年から亡くなるまでグラインドボーン音楽祭の音楽監督を務めた。《コシ・ファン・トゥッテ》は彼のお気に入りの作品であり、このアルバムは、まさにその1934年から35年の上演に合わせて録音されたもの(EMIレーベル)。もちろん、この作品の史上初の全曲録音であった。
今では2枚のCDに収まるが、当時のレコード、いわゆるSP盤では20枚・40面にもわたる大部なセットになっていたという。ちなみにブッシュとEMIは《フィガロの結婚》の方も上演に合わせて録音したが、こちらはレチタティーヴォがほとんど省略されていた。当時、《フィガロ》ほど人気作ではなかったこの《コシ・ファン・トゥッテ》の全曲録音に、ブッシュたちが掛けた意欲、労力たるや、まさに想像するに余りある。
戦前の演奏、録音ということで、もし古くさい時代錯誤的なものだと高を括る方がいるとしたら、それは誤りだとわかるだろう。きびきびとしたテンポ感覚と清潔なフレージングは、現代にも十分通用するもの。今回、久しぶりに全曲を通して聞いてみたが、2時間以上かかるこの大曲が短く感じられるくらいだ。
歌手は大物こそいないが、役柄にあった適切な性格づけによって、ストレートに感情を歌に載せている。その一方でアンサンブルとしてもバランスが良く取れていて、これはブッシュの薫陶もあってのことだろう。ちなみにグリエルモ役は、個性的メゾ・ソプラノ歌手として戦後を代表する歌手の一人、ブリギッテ・ファスベンダーの父親である。
記録によればブッシュは《コジ・ファン・トゥッテ》の後、《魔笛》や《後宮からの誘拐》、《ドン・ジョヴァンニ》、《イドメネオ》といったモーツァルトの主要オペラを音楽祭で指揮。彼が作ったモーツァルト演奏の伝統は、ヴィットリオ・グイ、ジョン・プリッチャード、ベルナルト・ハイティンクといった歴代の音楽監督に引き継がれ、現代にも繋がっている。
その一方で、ヴェルディやドニゼッティ、ロッシーニなどの作品も音楽祭では取り上げてきている。劇場自体も改修のたびに座席数を増やし、1994年には新劇場が開場して1150席になった。2003年には創始者ジョンの夢だったワーグナーの《トリスタンとイゾルテ》の上演をついに実現させた。
2008年にはライブ録音を発売するため独自のレーベル「グラインドボーン・レーベル」を設立。音楽祭で収録した映像の映画館での上映やインターネットでのライブ配信など新たな取り組みも行っており、100年目の2034年に向けて目が離せないフェスティバルだ。
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……… アルバム情報
● モーツァルト:歌劇《コジ・ファン・トゥッテ》全曲
アイナ・スーエズ(ソプラノ)
ルイゼ・ヘレッツグルーバー(メゾ・ソプラノ)
ヘドル・ナッシュ(テノール)
ヴィリ・ドムグラーフ=ファスベンダー(バリトン)
イレーネ・アイジンガー(ソプラノ)
ジョン・ブラウンリー(バス)
フリッツ・ブッシュ(指揮)
グラインドボーン音楽祭管弦楽団・合唱団
録音時期:1934年6月6日、1935年6月25日ー28日
録音場所:英国・グラインドボーン, 祝祭小劇場
録音方式:モノラル(ライヴ)