[開催都市]
Bucharest … Romania
ブカレスト … ルーマニア
[開催時期]
2025:8.24 … 9.21
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日本の街角でルーマニアの有名人で誰を知っているかを問うと、返ってくる答えは誰になるだろう。まさか、ジェット・エンジンの発明者で世界初のジェット機を製作したアンリ・コアンダ、インスリンを発見したニコラエ・パウレスク、世界初の万年筆を発明したペトラチェ・ポエナル、世界初の自動コーヒーメーカーを発明したフランチェスコ・イリーらの名前は挙がってこないだろう。
想像するとしたら、国民の蜂起で独裁者の座を追われ、混乱の中の即決裁判で銃殺されるという悲惨な最期を遂げたニコラエ・チャウセスク大統領だろうか。あるいは、1976年のモントリオール・オリンピックで体操競技選手として史上初の10点満点を出して3つの金メダルを獲得、“白い妖精”と呼ばれたナディア・コマネチの名前が挙がるだろうか。
それくらい、我々がこの国について多くのことを知らないのが現実だ。そもそも、その国名からして、実は「ローマニア=ローマ人の土地」という意味から来ていること、当然ながらイタリア人の血が濃いことはあまり知られていないのだし。
ただ、音楽ファンに限れば、この国が国際的なアーティストを数多く送り出していることを知っている。ディヌ・リパッティやクララ・ハスキル、ラドゥ・ルプーにアンジェラ・ゲオルギュー、ゲオルゲ・ザンフィル…。そして、その筆頭にくる存在が、ヴァイオリニスト・作曲家として活動したジョルジュ・エネスク(George Enescu)だ。
エネスクは1881年にリヴェニに生まれ、第2次大戦後の1955年にパリで亡くなった。ウィーン、続いてパリで学び、1920年代半ばからはヴァイオリン教師として名を轟かせ、門下からユーディ・メニューイン、アルテュール・グリュミオー、クリスチャン・フェラス、イヴリー・ギトリスといった20世紀を代表するヴァイオリニストたちを送り出している。同時に作曲家として交響曲やソナタを作曲。ルーマニアでは国民的英雄で、その肖像が5レイ紙幣に使われているほどだ。
音楽祭は1958年の創設で、2年に一度、毎年9月の開催。彼の名を戴いているだけに、ヨーロッパの夏の音楽祭の最後を飾るにふさわしい大規模な音楽祭で、ルーマニア最大というより、東欧最大級の音楽祭として知られる。期間中に権威あるコンクール(ピアノ、ヴァイオリン、作曲)も行われる。
欧州各地から著名なオーケストラ、アーティストが客演するが、出演者はプログラムに必ずエネスク作品を1曲組み込むのがここのしきたり。4,000人を収容する宮殿ホール「サラ・パラトゥルイ」、ドーム型の「アテネウル・ロマン」などのホールを会場に連日演奏会が行われる。







