[2] 徹底させた、「すべてオリジナル・コンテンツ」

第3のコンセプトは「プログラムはすべてオリジナル・コンテンツ」だ。沼尻のこだわりは、これに尽きるという。その中核をなすのが、日本のトップクラスの器楽奏者8人がさまざまな楽曲を披露する4日の「円熟を聴く」、5日の8人の歌手による40分ずつのリサイタル「歌手たちの競演」だ。「円熟を聴く」に出演する8人は「デビューから25年以上」を基準にご出演をお願いしました」と沼尻は笑うが、「日本人のベテラン・アーティストが深めてきた彼らの音楽を、音楽祭を機会にもっと聴いてもらいたい」。

例えば、チェロは藤原真理と上村昇が出演。ヴァイオリンの渡辺玲子はバッハ、エルンスト、パガニーニのいずれも無伴奏の名曲中の名曲を厳選した。戸田弥生は沼尻自らが伴奏を引き受けて、ベートーヴェン「春」など。ピアノは小川典子と野平一郎で、小川はアニバーサリーイヤーを迎えるドビュッシーと武満の作品から琵琶湖を臨むびわ湖ホールらしく水にちなんだプログラムを演奏する。野平は自身の新作を披露に加え、バッハの名曲を選んでいた。プロのハーモニカ奏者の和谷泰扶、そして、トリにギターの福田進一と続く。

一方の、「歌手たちの競演」も楽しい。例えば、沖縄県宮古島出身のソプラノ、砂川涼子は「沖縄のこころ」と題して、沖縄民謡をプログラムに入れ込むといった具合。砂川は髪をアップにして、琉球衣装でばっちり。「三線=さんしん」の弾き語りも披露した。砂川の伴奏を引き受けた沼尻も「かりゆし姿」で寄り添ったが、砂川の前にリサイタルを行った沖縄本島出身のテノール、与儀巧も飛び入りしてきて、なんと二人で《島唄》をデュエット! 会場を感動と南国ムードで包んだ。

また、藤原歌劇団の総監督を務めているバリトンの折江忠道は、最後はミュージカル・ナンバーを歌ってステージで弾けること。「歌手生活41年 折江忠道七変化」という、なんともおどろおどろしいタイトルがいい意味での“タイトル倒れ”となった。テノールの水口は、演奏時間が短いことから、パワーが必要な曲ばかりを並べての熱唱で、会場はやんやの喝采。ステージの袖に戻るなり、水口は「まだ歌えるんだけどなあ」と独り悦に入り、大汗を拭いながらも満足げな表情。この、「もうちょっと歌いたい、聴きたい」が歌い手と聴衆との間に奇妙な一体感を生んでいる。

髪をアップに整え、琉球風の衣装に身を包んだ砂川は“ベッピン度”がさらにアップ。今回のために「三線=さんしん」を特訓したという。《さとうきび畑》をしみじみと歌い上げると、気持ちが高ぶったのか、思わず目に涙。

戸田はベートーヴェンの《春》などを中心の、いつになく“柔らかい”プロ。渡辺玲子は逆に彼女らしい“ソリッド”な無伴奏のプロで固めるといった具合で、アーティストたちもプログラムの組み方にも一捻り加えている。

声楽陣も個性的なメニュー揃い。メゾ・ソプラノの林美智子ステージには、森谷真理、砂川涼子というソプラノ二人が飛び入り。なんと、リヒャルト・シュトラウス《ばらの騎士》の三重唱を歌うという大サービスも。

「ここでしか聴けない」というオリジナル・コンテンツにこだわる沼尻の骨っぽさの一方で、「近江の春」ブランドの日本酒を、地元の酒造会社と協力して発売するといった山中館長たち事務方の細やかな心遣いも。

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