今年の音楽祭で印象に残ったのは、巨匠たちの名演。例えば、アンドラーシュ・シフ。13日夜、ゲヴァントハウスの大ホールで行われたリサイタルは、「ゴルトベルク変奏曲」他というプログラムだった。幕開けは、イタリア協奏曲。しかし、何かおかしい。とにかくバラバラなのだ。いつものように、内面に入り込んでくる感覚がなく、上滑り。こんなに下手くそだったか、それとも大バコすぎるせいか…。全曲を終えても、釈然としない。すると、全曲を終えた途端に間髪入れず、なんとシフがいきなり第1楽章冒頭から弾き直し始めたのだ。
そこからは全く別の音楽のよう、一つひとつの音が生き生きと立ち上がり、前の演奏ではバラバラに投げつけられていたようなピースがぴったりと合わさり、水が上から下へと流れ落ちるかのように音楽が流れていく。しかも、途中には、滝も浅瀬もある。凄い。客席にはもう一人のシフがいて、そのダメ出しを受けて、全く違った解釈で臨んだようにすら思える。すごい修正能力だ。なんと、全3楽章を弾き直してしまった!
そして、続くフランス風序曲h-moll。これが覇気溢れる、素晴らしい名演。そして、パウゼ後のゴルトベルクがこれまた圧巻だった。各声部の距離感を自在に操作し、響きの空間を広げたり、狭めたりして、多様な色彩を創り上げて行く。そうか、そうだったのか。イタリア協奏曲の最初の演奏は、空間を広い目に作ったらどんな音楽になるのか、試していたのか…。そして、その検証結果を、メインのゴルトベルクに投入するとは…。
巨匠といえばもちろん、トン・コープマンもそうだ。手兵の指揮アムステルダム・バロック・オーケストラ、合唱団を率いての「カンタータ・リング」への客演で、第1夜は第81、65、82、123番に、プレトリウスとラッソのモテットを挟み込んだプログラム(9日、トーマス教会)。最近、器楽曲の公演を聴くと、かつての鮮烈さが鈍ってきたか、と感じさせる場面もあったが…この人の真骨頂は、やはり声楽の扱いにある。特にフレーズの膨らませ方の自然さと温かさ。それでいて、しっかりと心に届く。特に、アカペラによる16世紀のモテット作品の鮮烈さたるや! 第2夜は(10日、トーマス教会)第161、8、27、95番にハスラー、ガッルスのモテット。前夜と同じく、やっぱり、創意が満載。16世紀のモテットも、生き生きとして、心に響く。
一方、ピーター・ウィスペルウェイの2夜にわたる「無伴奏チェロ組曲」全曲(15日、旧市庁舎&16日、ポーランドホール)も印象深い。自在な音楽の伸縮や歌心、そして弦楽器奏者のお手本と言っていいような、音楽的なブレス遣いと、とにかく魅力的。第6番では、モダンの弓を持って出てきてしまうというボケをかまして、会場の笑いを誘う余裕も。人柄もまた魅力に満ちている。
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