この音楽祭では、毎年、テーマが設けられている。以前は「バッハと息子たち」や「メンデルスゾーンとバッハ」など具体的だったが、「プログラミングの自由度が制限されてしまう」との配慮から、近年は「真の芸術」(2014年)や「愛しき街ライプツィヒ」(15年)、「ハーモニーの秘密」(16年)など、緩やかな設定を意識するように。さらに2017年は、ちょうど500周年を迎えた、マルティン・ルターによる「宗教改革」がテーマに据えられた。
しかし、「常に数年先までの予定を立てておかなければならないため、学術的な新しい発見があっても、個々のコンサートへつぶさに反映してゆくのは、実は非常に難しい」(バッハアルヒーフのクリストフ・ヴォルフ前所長)との課題も浮き彫りに。近年は午前中にワークショップを開いて学術成果を発表し、午後にその内容を反映した演奏会を開く、という試みを行うなどの試みを続けてきたが、なおマンネリ化や停滞感の解消には至らなかった。
そこで、2018年から、バッハアルヒーフで主任研究員を務めるミヒャエル・マウルが、音楽祭の総支配人と芸術監督に就任。研究部門が音楽祭運営へ積極的に関与し、ブログラミングにも積極的に関与することに。そして、その最初に据えたテーマが「ツィクルス」。バッハ演奏の原点へと還り、「ブランデンブルク協奏曲」や「クラヴィーア練習曲集」、「受難曲」、「モテット」など、全曲演奏や集中上演にこだわり、複数のステージを、幾つかの柱に系統立てて整理した。これによって、聴衆の側も、自分が興味ある公演を容易にチョイスできるようになった。
中でも、”目玉”と位置付けられていたのが、ワーグナーの楽劇になぞらえて「カンタータ・リング」と名付けられた、カンタータの連続上演。ジョン・エリオット・ガーディナー率いるイングリッシュ・バロック・ソロイスツ&モンテヴェルディ合唱団、トン・コープマンとアムステルダム・バロック管弦楽団&合唱団をはじめ、鈴木雅明指揮バッハ・コレギウム・ジャパン、ハンス・クリストフ・ラーデマン指揮ゲッヒンガー・カントライなどが開幕からの3日間、10ステージに分けて、33曲のカンタータを集中して取り上げるという、前代未聞のプロジェクトだった。
「果たして、カンタータで人が呼べるのか?」。バッハの作品において、大きなウェイトを占めるものの、どこか地味でマニアックな印象を与えるジャンル。それだけに、バッハアルヒーフ内でも懐疑的な意見が多かった。しかし、実際に蓋を開けてみると、チケットは前売りの段階で札止めになる人気ぶり。「聴衆は、どれほど多くの異なるカンタータの解釈が共存しうるか、知ることが出来るだろう」。バッハアルヒーフ総裁でもある、ガーディナーの予想は的中したようだ。
そのガーディナー自身、3夜連続で手兵と創意あふれる名演を繰り広げた。3夜目(10日、聖ニコライ教会)のプログラムは、「カンタータ・リング」最終第10ステージだったが、第19、101、78、140番にブクステフーデのカンタータ、ヘルマン・シャインのモテットを組み合わせたプログラム。会場が蒸し暑くて、最悪のコンディション。出演者たちもペットボトルでしょっちゅう給水を余儀なくされていた。しかし…。第一音から音楽がほとばしり出るよう。ガーディナーが絶えず提示してくる音楽的な問いを、皆が聴き逃さぬように耳をそばだて、音楽の流れの中で示される答えを、また緊張感を切らさずに探し求める、そんな感覚だ。最後は、いつまでも止まない大歓声に応え、ガーディナーが客席に向かって、「もう一回、いくかい?」。そして、第140番終曲のコラールをステージと客席が一体となっての大合唱が堂に満ちる、感動的な一夜となった。
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